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著:Tough様


 「なぁ・・・チーム作らねぇ?」
 「は?」
 弟がいきなり訳の分からないことをいった。チームって・・・なんの事だ?
 「単車のチームだよ。やらねぇ?」
 「はぁ?俺、免許持ってねぇよ?」
 「だからさ、取りゃいいじゃん」
 「いきなりだなぁ・・・・なんだよ?一体」
 深夜。弟と二人で、酒を飲んでいたときのことだ。二人ともいい加減酔っぱらっている。
 「いやさ・・・俺、そろそろ大型二輪取りたいなぁ、って思ってんだよ」
 「はぁん・・・・単車もねぇのに?」
 弟は高校の時から、中免普通自動二輪免許を持っていて、単車を欠かしたことの生活を送っていた。が、数年前、家へ帰ってきたとき以来、すっかり乗らなくなってしまった。車の免許をようやく取ったせいもある。そのまま、動かなくなりかけた単車を、金に困ったときに売ってしまったのだ。
 「痛ぇとこつくね?え?やるやるたぁ聞いてたけど・・・その程度かい」
 いつもの調子で豪快に笑う。この根拠のない豪快さがどこからくるのか、俺はいつも不思議に思う。
 「まぁいいや。んで?単車のチームって?もういい加減、族作る年でもねぇだろ?」
 俺も弟も、この時点すでに三十路を超えている。いい加減、ゾッキーが似合う年云々などというレベルを、とっくに通り越している。
 「うん。走りのチーム。喧嘩は上等ってことで・・・」
 「ぎゃははははっ!なんじゃそりゃぁ?湘爆湘南爆走族の見過ぎじゃねぇの?」
 このセリフから、酒の上での与太話として、話はがんがん盛り上がっていく。
 「喧嘩上等なら、やっぱチーム名は『ハイウェイ・ベルセルク』だな」
 「おいおい、『ドラゴン殺し』は持ち歩けねぇぞ?そもそも、振れねぇし」
 「タイヤ用のメーターレンチ背負って走りゃいいじゃん」
 タイヤの軸になるアクスル・シャフトを止めているボルト用に、1mを超すばかでかいレンチがあるそうな。
 「うげげ、凶悪〜。止められるぞぉ、凶器準備集合罪で」
 「『俺の単車、調子悪くてすぐタイヤが外れるんですっ!!』とかなんとか、誤魔化せるって」
 「ぎゃははははははは」
 「カンバンどうしよう?」
 「そりゃやっぱ、あの紋章でしょう」
 「ん〜〜〜、それ、地味じゃねぇか?」
 「だから、熊の毛皮に焼き印で入れるんだよ。かっこいいぞぉ」
 「焼き印・・・いいね、それ。頂きました」
 「本格的にチーム・メンバーになるには、熊倒してこい・・・って、俺達も一生見習いになっちまうぞ、それじゃ」
 「ぎゃははははははははははは」
 酒の上の与太話というのは、あとから思い出すと訳の分からない場合が多い。この場合も、翌日酒が抜ける頃には、俺はきれいさっぱり忘れていた。


 それから数ヶ月もたったろうか。弟が突然、川口自動車学校のパンフを持ってきた。どうやら、普通自動車の免許しかない俺でも、20万そこそこで大型自動二輪免許が取れるらしい。
 「何?お前本気だったの?」
 「あれ?進さん嘘ん気だったの?」
 単車チームを作ろうというのは、どうやら本気らしい。が、本当の本音は単車の保管場所確保にあるようだ。家には、狭いながらも)庭に車が一台止められる駐車スペースがある。俺の軽自動車と弟のワンボックスは、よそに駐車場をかりているのだが、家の車はその駐車スペースに鎮座ましましていた。その車をどけて、単車用の駐車スペースを作ろうというのだ。
 「だけど、家の車はどうすんだよ?」
 「あ、俺の車売っ払ちまうから、そこに入れさすよ」
 「はぁ?デリカ売っちまうの?」
 「だって維持費かかんだもんよ」
 「ん〜〜〜〜〜・・・・でもよぉ・・・それなら別に、俺を引きずり込むこともねぇんじゃねぇの?」
 「いや、進さんが参加してくれねぇと、俺的に困るんだわ」
 「なんで?」
 「だってよぉ・・・ほら、俺その、あれじゃん?信用ってもんがねぇじゃん?」
 出戻りの弟は、傍若無人に見える。が、こう見えて実は繊細な神経を持っていたりもする。家における自分の立場は、よぅく弁えているらしい。
 「だから俺が単車買うったって、反対されんの見え見えだからさぁ・・・進さんが参加してくれると、助かるんだけどなぁ」
 要するに共犯が欲しい、と言うことらしい。ちゃっかり者の弟らしい発想だ。俺は思わず苦笑を漏らした。
 「なるほどね・・・ようく分かった」
 ようく、の部分に、ほんの少し力を込めた。こういうことに弟は聡い。たちまち唇を尖らせる。
 「まぁ・・・別に取りたくなけりゃいいんだけどさ。俺、進さんが参加しなくても、大型は取るからよ。もう、申し込みして来ちまったし」
 「はぁ?・・って、気が早ぇなぁ、相変わらず」
 弟は決めたとなると、行動は素早い。正直、後先考えず短気なだけと思わないでもないが、この行動力にはいつも驚かされる。
 この週末から教習所通いだ、という嬉しそうな弟の顔を見ている内に、忘れていた想いが吹き上がってきた。正直、俺は単車が嫌いではない。どころか、ずっとあこがれさえ抱いてきた。単車・・・それもハーレーに。
 有り体に言うと、車の免許など別に欲しくもなかったのだ。車の操縦はそれこそ十数年来してきたが)未だに面白いと思ったことはない。免許を取るときなど、苦痛ですらあった。
 ハーレーにあこがれを抱いたのは、ずっと昔、小学生の頃だ。そのころ少年ジャンプという漫画週刊誌に連載されていた、「ドーベルマン刑事デカ」と言う漫画に、出ていた単車がハーレーだった。主人公は確かにかっこよかったが、乗っている単車はもっとかっこよかった。ばかでかく、重く、重戦車のような偉容。だだっ広く、まっすぐな道をくそでかい単車にまたがって、悠々と走る。そんな光景を幼い頭に描いて、一人悦に入っていた。その後、なにかの雑誌でハーレーのチョッパーを見かけ、そのペイントの美しさに虜になった。荒野を走るくそでかい単車は、たちまち細身の走る芸術品に変わっていった。
 20代前半の頃、ようやく機会に恵まれて中免を取りに行った事があった。これでやっと単車に乗れる。当時は普通自動二輪免許とは言わず、中型限定自動二輪免許だった。限定が外されて、自動二輪なら何でも乗れる免許、自動二輪免許になる。だから、今で言う大型自動二輪免許のことを、『限定解除』と呼び慣わしていた。限定解除の試験は教習が無く、試験場一発で取らなければならない時代だ。中免を取ったらすぐに、試験場通いを始める予定で、教習所に入所した。当時4段階制だった教習で、4段階の2時間目を終えた後、あと1時間乗れば卒検を受けられる、という時になって事故は起こった。
 足を折ってしまったのだ。
 間抜けな話で、自分の不注意で家の前で転び、その拍子に足を骨折してしまった。それも別に乗り物に乗っていた訳でもなく、雨に濡れた鉄板で、足を滑らせただけだ。最初は激しく挫いただけかと思った。が、足を地面に着けると激痛が走ること、体が妙に震えて嘔吐感があることつまりショック症状)などから、骨折と判断した。救急車で運ばれて行きながら、教習の心配ばかりが脳裏を渦巻いていた。
 案の定、左足すねの細い骨がポッキリ折れていた。それだけならまだいいが、足の中で折れ口がすれ違ってしまっていた。一度、足首を内側に曲げた形で固定し、折れ口同士がきちんと重なるように伸ばしてやらなければならない。長くかかる、と医者に言われ、目の前が真っ暗になった。
 全治6ヶ月。どう考えても教習期限に間に合わない。教習所に連絡を取ると、この期間だと最初から取り直しになるという。やっと捻出した期間がぱぁになってしまった。
 それ以来、単車は自分に縁のないものだ、と諦め続けてきた。あんまり長い間諦めていたので、自分に単車が乗れるかも知れない、という考えすら浮かばなかったほどだ。
 その諦めていた夢が、弟の一言で勃然と目を覚ましてしまった。
 免許を取る、と言い出したとき、周囲の抵抗は大きかった。30過ぎてどうして今更、という声があちこちから起こる。けれど、目覚めてしまった熱い想いは、どうしても止まらなかった。とうとう教習所の入所にこぎ着ける。
 車の免許を取るときは、あれほど苦痛だった教習所通いが、これほど楽しく感じるのはどういうわけだろう?毎週末をフルに利用し、ほとんど一日中をキャンセル待ちに費やし、週末ごとの天気を、祈るような思いで気にし続ける。あれほど乗りたかった単車に、教習車とはいえ、乗ることができるのだ。普段、休みというと昼近くまで寝ている俺が、驚くほどの早起きになっていた。


 とはいえ、初めて触るも同然な単車が、最初から上手に乗れるはずもなかった。むしろ、どが付くほどのへたくそだった。たぶん、同時期に教習を始めた人間の中で、俺が一番へたくそだったに違いない。
 最初にクランク走行をやったときの事だ。免許を取ったことのある人なら分かると思うが、ほとんど一台分の幅しかない細い道が、クランク状に曲がっている。ここでいきなりこけてしまった。
 速度調節に失敗し、前ブレーキをかけたのが敗因だった。バランスを崩して足を着く。が、傾き始めた750はやたらに重く、支えきれずに転倒した。なんとも不様なこけかたである。顔に血が上っていくのを感じながら、起こしにかかる。なんでこんなにくそ重いんだ?足の力でなんとか起こす。やれやれ、先が思いやられるよ。
 それほどのへたくそでも、数をこなせば何とかなるもので、どうにか教習は進んでいく。二輪に特有の教習に入っていった。急制動から一本橋、さらに波状路とスラローム。急制動は40km以上の速度で5mだったっけ?)以内の制動距離で停車する、という課題。これはなんとかこなした。次が一本橋とスラローム。一本橋というのは幅30cm程のコンクリートの橋の上を、ゆっくり渡りきる、という課題。
 波状路の方は、つまりでこぼこ道だ。かまぼこ型のコンクリートが等間隔に並んだコースを、バランスを崩さずに、ゆっくり走り抜けるという課題。
 スラロームの方は、並べられたパイロンに当たらないように、蛇行をする、という課題。これは、素早く抜けなければならない。この内、俺が苦手だったのが、一本橋だった。もちろん、スラロームも波状路も、最初は上手くいかなかったが、「アクセルワークがみそだよ」という弟のアドバイスで、どうにかこなすことができた。
 ところが一本橋が全然だめ。
 とにかくこれが難しい。要するに低速バランス走行の訓練なのだが、この低速、という奴がくせものだ。やってみると分かるが、自転車でだってゆっくり走るのは難しい。それをくそ重い750でやれ、というのだから俺のようなへたくそには無茶な話だ。だが、やれなければ免許は取れない。必死で練習した。
 何度か教官が「特訓」をしてくれた。そういう規定になってるのだろうが、有り難い。そこで、教官の技術の凄さを、まざまざと見せつけられることになった。
 「じゃぁ、低速8の字走行を行います。私に付いてきてください」
 「はい」
 低速にもほどがある。走り初めてすぐ、そう思った。何度も教官の単車に追突しそうになる。ブレーキをかければ思い切りふらつく。何度も足を着きそうなり、必死でハンドルをこじる。三周ほども回ったろうか。教官の暢気な声が、俺を愕然とさせた。
 「じゃ、そろそろゆっくり行きますよぉ〜」
 な、なにぃ!?さっきまでのスピードは一体何だったんだ?!
 教官の単車は・・・ほとんど止まっていた。約スタンディング・スティルだ。体重移動とアクセルワーク、後ろブレーキを効果的に使い、単車がほとんど止まっているようなスピードで、見事にバランスを取っている。
 対する俺は、足を着きまくっていた。情けない。が、どうにもならない。その時限は、時間目一杯使って、最後までこの低速走行の練習をしていた。その甲斐あって、どうにか一本橋もこなせるようになっていった。


 そんなこんなで、免許取りにいそしんでいた頃。弟が一冊のバイク雑誌を持ってきた。ほとんどが広告で埋め尽くされた代物である。中古バイクの広告だけで、成り立っているような雑誌だ。そこに、カタナの広告が出ていた。
 SUZUKI/GSX1100カタナ───20年以上も前に発表されたこの単車は、弟が初めて名前を覚えた単車だった。その時弟は、「俺、大人になったらこのバイクに乗るんだ!」と思ったそうである。俺にとってのハーレーと、きっとそうは変わらない思いを抱いていたのではなかろうか。
 だから、これを見に行こうと弟が言い出したとき、少しも反対する気持ちはなかった。それ以前にも、二人で何度かバイク屋回りをしていた事もあり、気軽に出かけていった。
 そのバイク屋に、最初の相棒が待っていた。
 原色の黄色に塗られたそのショベルヘッドは、店に入ったときから俺の目を引きつけていた。’80年式FXSローライダー。ロッカアーム・カバーの形が、シャベルの柄のように見えるところから、ショベルヘッドと呼ばれているエンジン。現行モデル当時)の一世代前の型だ。ハーレーというメーカーのエンジンは、世代が長い。ショベルヘッドのエンジンを組み込んだモデル通称ショベル)は、’60年代終わりごろから’80年代初頭まで生産していた。それからエヴォと呼ばれるエンジンに取って代わった。エヴォ世代が終わりを告げたのは、1999年の事だ。日本のメーカーが次々と新しいタイプのエンジンを開発するのにくらべ、頑固なまでのその態度は、一種の賞賛に値すると、俺は思う)。なにせ、新型エンジンですら、未だにOHVなのだ。
 店の人の説明を聞くと、エンジンは1340ccをボアアップシリンダーの内径を大きくし、エンジン排気量を大きくする改造)して1420ccになっているという。これ、ホントにバッフル消音材)入ってんのか?といいたくなるような、マフラーが付いている。俺の好みの形、いわゆるドラパイスラッシュカットと言う奴だ。
 エンジン音を聞いてみたい・・・・。
 弟は広告に出ていたカタナを、念入りにチェックしている。またがってみて、ポジションがきついだの、足回りを見て、GSX−Rの足になっているだの、素人の俺にはよく分からない事を、店の人とやりとりしている。それをぼんやり聞きながら、俺の目はショベルに釘付けだった。ちょっと跨ってみる。想像していた荒野の道が、目の前に広がるような感じがした。
 エンジンかけてみたい・・・・・。
 「どうですか?いいでしょ?これ」
 「ああ、やっぱいいっすね、ハーレー」
 「ハーレーを探してるんですか?何年くらい乗ってるんです?」
 「まだ、免許取ってる最中なんですよ」
 「えっ!?・・・それでショベルですか?凄いですねぇ」
 なにが凄いのか、は、言わずもがな、という風情だ。だいたいショベル以前のハーレーというのは、故障が多いのが通説になっている。本当はきっちり整備してあれば、そんなことは決してないのだが。このときの俺はハーレーというのはそう言う物だ、と思いこんでいた。
 それでもショベルに乗りたい。俺が憧れた頃のハーレーは、ショベルだったのだ。
 「あの・・・エンジンかけてみて、いいですか?」
 「あ、いいですよ。じゃ、ちょっと表に出しますから」
 店の人が気軽に表に出してくれた。ガソリン残量を確認し、キックを始める。弟が興味津々で近寄ってきた。
 「なに?これ買っちゃうの?」
 「いや、とりあえずエンジンかけてみたいな、って」
 「ほ〜〜〜・・・・」
 店の人は一生懸命キックしているのだが、なかなかエンジンがかからない。弟がマフラーを見ながら言った。
 「なんだ、これ。バッフル入ってねぇんじゃねぇの?直管じゃん。うるせぇぞ、これ」
 だが、エンジンがかからなければ、うるささも分からない。店の人は汗だくになってキックを踏むが、なかなかかかってくれない。店にいた他のスタッフも集まってきて、かわるがわるキックを踏むが、まるでだめだった。
 大体でかいエンジンをキックでかける、というのは大仕事だ。そもそも跨って蹴る事なんぞ、出来はしない。飛び上がってキックペダルに全体重を乗せ、一気に踏みおろす。そうでもしないと、キックペダルが動いてすらくれないのだ。20発も蹴ればいい加減息切れして、へとへとになる。かからないのかな、そんなことを思ったとき、弟が口をひらいた。
 「俺も蹴っていいっすか?」
 「あ、やってみます?どうぞ」
 キックのやり方簡単に教わって、トライ。
 一発目・・・・不発。
 二発目・・・・ぼすんっ。を?煙が出てきたぞ?
 「バックファイアだ。かかるかな・・・?」
 三発目で、けっちんを喰らった。弟の身体が吹っ飛ばされる。
 ハーレーのキックというのは、最後まで踏んだときにクラッチが外れ、エンジンがかかるような構造になっている。中途半端な位置でキックペダルが止まってしまい、クラッチが噛んだ状態で半端にエンジンがかかると、キックペダルはエンジンの力で押し戻される事になる。この現象を「けっちん」と呼んでいる。だから、思いっきり踏み抜かないと危ないのだ。
 「うぉっとぉ!」
 弟が奇声を上げて飛び退く。相変わらず、いい反射神経をしている。びっくりしたらしい。俺もびっくりした。
 「あ〜、畜生。もうちょっとでかかりそうなんだがなぁ」
 そのあと何発か蹴ったが、結局かからない。俺もむらむらとやりたくなってきた。
 「あの・・・俺も蹴っていいっすか?」
 「ああ、そうだよ。あんたこそ蹴ってみなきゃ」
 弟が俺に譲ってくれた。どきどきしながら、シートに左膝を突く。右手でスロットルを握り、右足をキックペダルに乗せる。
 左膝でジャンプ!キックペダルに全体重を乗せて、思い切り踏み抜く。・・・・不発。
 「そうそう、そういう感じでいいんですよ。続けてください」
 蹴り方は良かったらしい。ではもう一度。
 とりゃっとキックペダルを踏み抜くと、途中から足にかかる抵抗がすこんっと抜けた。同時に凄い爆音がする。
 ズドドドドドンッ
 黄色い巨体が震えた。まるで武者震いだ。マフラーからは凄まじい轟音が吐き出される。
 「おおっ!持ち主ぃ!」
 店の人がそう言って、俺の肩をどやしつけた。しばらくスロットルを煽っていると、だんだん回転が落ち着いてくる。
 ズドドッズドドッズドトッドドッドドドッ
 ハーレー特有の不整脈だ。これこれ、これが聞きたかったんだよ。店の人や弟がさんざん苦労してたのを見ていたので、何となく感動してしまう。どうでもいいけど、爆音が腸にしみわたるぞ、これ。ご近所が絶対かけられないなぁ・・・・。
 凄まじい爆音を心地よく感じながら、こりゃ単車に選ばれたかな、などと馬鹿げた事を考えていた。


 単車も決まった。弟も結局、あのカタナを買うことにした。後はチームの名前とカンバン決めなきゃ。カンバンというのは、チームの単車乗りが共通のエンブレムを背中に縫いつけて走っている、あれである。
 当時、弟は鳶職をしていた。そこから俺が、チーム名を思い付いた。
 「チーム名は道楽鳶どうらくとんびでどうだ?」
 「道楽息子の鳶か。悪くないねぇ」
 「ポリシーは『乗りたいときに、乗りたい物で、乗りたいように、乗りに乗る』」
 「・・・それ、ポリシーって言うのか・・・?」
 弟が苦笑する。うん、無節操とも言うな。
 「だめ?」
 「いや、おっけーでしょう。頂きました」
 「で、カンバンの図柄なんだがなぁ・・・」
 「ふんふん」
 「夕日に向かって鳶が飛んでる図、てのはどうだ?つまり、日が暮れるまで走ろうよ、と言う意味でよ。で、漢字でチーム名を入れて・・・・」
 「・・・えらくゾッキーだな?おい」
 最初のコンセプトがゾッキーちっくだったから、そうしたんだが・・・・弟は気に入らないらしい。気まぐれな奴だ。
 「じゃ、どうしたいんだ?お前がリーダーなんだから、少しは考えろよ」
 「う〜ん、なんかさぁ、こういう絵柄のカンバンって結構多いじゃん?どうせだったらどシンプルな柄にした方が、目立つんじゃねぇの?」
 「どシンプルねぇ・・・」
 しばらく鉛筆で、あれこれデザインをひねくり回す。ひらめいた。
 「よし、これでどうだ。赤い逆三角形で夕日を表して、鳶色の正三角形で、鳶のしっぽを表す。どうだ。これ以上シンプルにはできんぞ」
 全体のシルエットは区画された、単なる逆三角形だ。シンプルなことこの上無い。
 「う〜〜〜〜ん・・・・」
 弟はしばらくデザインを睨んでいたが、やがて正三角形に二本の線を入れた。
 「これで、鳥の尾羽らしくなるだろう。これで行こう」
 「よし」
 カンバンのマークは決まった。後は字だ。
 「上に入れる文字は、ちょっと考えてるのがあるんだ」
 「なになに?」
 「Flying Riders Touring Club。彷徨さまよえるライダーの旅倶楽部、ってな意味なんだけど・・・」
 英語に弱い弟のために、意味まで説明してやる。
 「ん〜〜〜、どうももう一つピンと来ねぇな」
 「どうピンと来ねぇんだ?」
 「フライング、てのがなぁ。飛んじまったら洒落になんねぇぞ?」
 「これ、彷徨うって意味なんだけど・・・」
 「いや、意味じゃなくてさ。飛ぶってのは、なんか験が悪ぃや」
 「そっか」
 「それに、ツーリングクラブもなぁ・・・ありきたりだしよぉ」
 「う〜む」
 「でも、4つの単語はいいんだよ。略称がアルファベット4文字だろ?それはいいんだよなぁ・・・・他になんかいい単語ないの?」
 「そう言われてもなぁ・・・・」
 俺はしばらく考えた。
 「じゃぁ、彷徨う、の部分はStrayにしよう。ちょっとニュアンスが違うけど、これ、迷えるって意味だから」
 「ストレイ・・・か。いいね。あんまり使ってないし」
 「Stray Riders Touring Club、でいい?」
 「いや、ツーリングクラブはよそうよ」
 「じゃ、Racing Club?」
 「レーシングクラブじゃ、それこそゾッキーじゃねぇか」
 「う〜ん・・・・じゃ、Running Clubは?」
 「マラソン倶楽部じゃねぇんだからよ」
 弟が苦笑する。
 「う〜ん・・・・」
 「でも、RCが最後の二文字ってのは、いいな。で、レーシングクラブじゃ無い奴」
 そんな難しいこと言うなら、少しは自分でも考えろよ。そう思いながら、PCの辞書をあれこれさがしていた。お?これ、いいかも知れないぞ・・・・。
 「Commissionでどうだ?」
 「コミッション?どういう意味?」
 「委員会。つまり、Running Commissionで走行委員会ってことになる」
 「委員会か、いいねぇそれ。さすが進さん!」
 「Stray Riders Running Commissionか」
 「略してS.R.R.C?Rが重なるのはなんかカッコ悪いな」
 「んじゃぁ、RidersじゃなくてBikersにするか」
 「バイカーズね。今時でいいね。略もS.B.R.Cになるし」
 「よしよし。じゃぁ、それを上に入れて、下にはローマ字でDouraku−Tombiと入れよう」
 「おっけーおっけー。いいじゃん!・・・文字はドイツ文字でいいや」
 「よし!じゃぁ、お前は今日から委員長だ」
 「んじゃ、進さん事務局長ね」
 チーム名とカンバンと、ついでに役職がこうして決まった。


 やがて迎えた卒検。前の晩から緊張とワクワクがない交ぜになり、どうにかなっちまいそうだった。弟の「普通一発で受かるぜ、卒検は」という言葉が、思いっきりプレッシャーになる。手続きをすませ、出番を待つ。舞台に上がる前の俳優ってのは、こんな気分なのかもしれない。俺の一つ前の奴が、実技走行を終えて帰ってきた。次はいよいよ俺の番か。試験官は、俺の低速走行を「特訓」してくれた教官だった。
 と、試験官が俺が乗るはずの卒検用の単車を見て、なにやらブツブツ言っている。なんだろう?あれれ?なんかバンバン吹かし始めたぞ?
 「どうしたんですか?」
 「いや・・・1気筒死んでるみたいなんですよ・・・」
 「はぁ?」
 「すいませんねぇ、ちょっと整備しますんで、待ってて貰えますか?」
 「あ・・はい」
 「んじゃ、先に次の人やっちゃいましょう。どうぞ」
 俺の後に乗る筈だった奴が、先に卒検を始めることになった。俺は単車の整備待ち。なんだか手持ちぶさただ。整備中の職員の所に行く。
 「あの〜見てていいですか?」
 「え?・・ああ。いいよ。でも、危ないからあんまり近寄らないでね」
 「は〜い。どこが悪いんですか?」
 「さぁねぇ・・プラグじゃないかと思うけど・・・。ま、ちょっと開けて見るか」
 職員は手際良くタンクを外し、プラグを開けてみている。遠くから見ているので、どんな状態なのかは良く分からない。職員は首を傾げなにやらブツブツ言うと、新しいプラグを出してきて取り替えた。再びエンジンをかける。俺には音を聞いているだけでは、さっぱり分からないが、結局同じだったらしい。
 「駄目だなぁ・・・コードかなぁ?」
 「・・・なんだか長くかかりそうですね」
 「うん、卒検は別の卒検車でやって貰った方がいいね、こりゃ」
 職員の言葉に、試験官が頷いた。別な単車を持ってくる。
 「じゃ、ちょっと暖気走行して来ますんで、待ってて下さいねぇ」
 言うなり、コースへ凄いスピードで出ていった。うわぁ・・・俺があれやったら、一発で不合格だろうなぁ。
 やがて試験官が暖気を終えて帰ってくる。さぁ、いよいよ卒検の始まりだ。妙に時間が空いたことで、かえってリラックスする事ができた。その日は天気も良く、なんだかのんびりとツーリングしている気分で、走ることができた。
 帰ってきた俺に、試験官はしみじみと言った。
 「上手くなりましたねぇ・・・・」
 俺ってそんなに下手くそだったのか。まぁ、わかってたけどね。


 そしてついに、憧れ続けたハーレーに乗れる日がやってきた。黄色いローライダー。キック3発で目を覚ます。アイドリングの振動で、ずどっずどっと上下に揺れている。最初の洗礼は、走り出してすぐにやってきた。交差点を右折しようとして、エンストこいてしまったのだ。キックスターターしか付いていない、俺の単車。しょうがないので、手で合図をだしながら、歩道の上まで押していく。
 エンジンがかかってさえいれば、軽々と走る巨体がなにしろ重い。そりゃそうだ。350kgもあるんだから。どうにか歩道に押し上げて、さて、キックスタートだ。バイク屋の前ではたった3発で目覚めたエンジンが、へそを曲げてしまったのか全然かかってくれない。冬だと言うのに汗だくになり、思わず革ジャンを脱いでしまう。肩から湯気を吹き上げながら、しばらく休憩。近くの販売機で冷たいお茶を買ってくる。
 まいったなぁ・・・このままエンジンがかからなかったら、どうしよう。家までは、とても押して歩ける距離じゃない。
 憧れだけで乗れる単車じゃない。ハーレーを良く知る連中は、そんなことを言ったりする。今では俺も同意見だが、当時はくそ食らえだった。乗りたいんだから、しょうがない。問題は乗り続ける情熱が有るか無いか、なのだが、今でも乗れている所を見ると、幸運にも俺はその情熱が有ったらしい。
 正直言ってハーレーは、乗りやすい単車では決してない。現代の単車に比べると倍以上重く、整備を怠っていると動かなくなることもしばしばだ。高速域は延びないし、国産に混じっての高速ツーリングなど、かなり苦労する。エンジン回転数を上げたときに発生する微振動は、1時間も乗っていれば気軽に手足を痺れさせてくれる。当然疲労も大きい。ブレーキは効かない、寝ない、曲がらない。現代の単車に慣れた者が乗れば、あっという間に嫌気がさすだろう。
 だが、そういう予備知識の無い、真っ白状態だったのがかえって良かったらしい。怖い者知らずでショベルに乗り出し、そういうものだ、と思いこんで走り続けてきた。
 この時も、さすがハーレーとしか思わなかった。お茶して一服を終えた後、開き直ったようなくそ元気が湧いてきた。かからなけりゃぁ、かかるまで蹴るだけさ。
 一発目・・・・不発。
 二発目・・・・不発。
 三発目・・・・不発。
 チョークを戻して、スロットルを全開にして四発目。
 エンジンがかかるときの、あのキックペダルがすこんっと抜ける感触あった。
 ズドドドドドドドドドンッ!!
 天を仰いで、思わず大笑いしたくなる。変な奴だと思われ兼ねないから、しなかったけど。今までの苦労なんか、この一発で消し飛んでしまう。ギヤを一速に入れる。
 がこんっ
 車体に軽く衝撃が走る。ああ、ギヤが入ったんだなぁ、という感触。そぉっとクラッチをつなげると、途端に蹴飛ばされるような勢いで前に進み出す。軽くアクセルを開けるだけで、身体が後ろへ持って行かれそうになるくらい、力強いトルク感。走りながら、どうしようもなく笑いがこみ上げてくる。
 その時、俺の背中には見えない翼が、確かに生えていた。


End