修禅寺物語
作・岡本綺堂

作者である「私」は、明治四十年の秋に訪れた修善寺にて、源頼家の墓に詣でる。そうしてそこで見た幻影によって、物語は生み出されたという作りになっている。
鎌倉二代将軍・源頼家は、実母・北条政子ら一門の手に拠って、愛妾・若狭の局の実父である比企能員(よしかず)を討たれ、我が子をも討たれ、一夜の内にその手勢でもって鎌倉を追われてしまう。修善寺へと落ち延び、幽閉される折、無理を言って付き添った若狭をも三島大社で亡くし、心の支えを失って失意の内に過ごしていた。
ある日、頼家は鄙には稀な若い娘と出会う。その娘は、美貌もさながら雅な風情で頼家の心に止まった。さてこの娘こそが、伊豆の夜叉王と呼ばれた面作師の長女・かつらだった。
果たして頼家は、かねてから己が姿面を夜叉王に作らせていたが、いっかな出来ないというので、自ら夜叉王が宅を訪れる。
実は、夜叉王が頼家に面を渡せなかった理由は、決して面が彫れていないからではなく、別の理由があったのだが…。
結末は、勿論悲劇に終るのですが、そこに描かれた人物各々の生き様というのが、現代人にどう映るかというところですね。
頼家はやはり史実の通りに惨殺され、夜叉王は、己の腕の確かさを確信し、姉娘・かつらは憧れたやんごとない武将に身も心も命さえも尽くして本懐をとげ、妹・かえではごく普通の平和な日常を愛する女としてこの悲劇を見守る。
私が初めに読んだ時は、かつらの気持ちに近かったような気がします…。
ちなみに『戯曲・修禅寺物語』は明治四十四年に公演の時の脚本です。小説前半の、若狭の局と落ち延びるくだりは省略されています。
参考までに、漫画家・皇なつき氏の『修禅寺物語』(角川書店・ASKA DX)はこの脚本にかなり忠実、しかも女性の視点がややクローズアップされている秀作です。
現在入手できる『修禅寺物語』の本は、平成十二年に長倉書店(修善寺町)より刊行されたものです。修善寺観光課、しゅぜんじ回廊ギャラリー等でも販売されています。税込み1000円。