枝垂藤(しだりがふじ)
正応五年四月。醍醐寺(注:1)の上寺(かみでら)へ徒歩(かち)詣けす一行あり。其中に、赤松図書寮佐(ずしょりょうのすけ)(注:2)祐郷(ひろさと)という男がおった。年の頃は三十六、七。元は上総の国にて生まる。極めて尊き家柄にはあらねど、日頃より信心深き男として名聞(みょうもん)善し。 下寺を出で、半刻ほどかけて山道を行くに、つと胸の詰まるが様になり、祐郷倒るる。白目を剥きて泡を吹く。 供の者慌てふためいて祐郷をば担ぎ上げ、大木の下にて横たえる。 或る者は清水を汲みに行く。或る者は扇にてうち煽ぐ。 やがて一刻の後に、祐郷は目覚めた。 「奇怪な夢を見申した」 と、祐郷は両目を見開いた。 「夢の中で麗しき女御(注:3)に出会うた。まるで天女のようだ」 供の者は各々が顔を見合す。 「藤花の単に薄紅の裳を身に着け、たおやかなる腕(かいな)差し出して、扇を開いておった。夕顔の花の如く白いかんばせ、紅小梅が唇・・・そうして、其れ」 祐郷は大木を見上げた。 「この山藤が花が如く枝垂る黒髪をしていた」 供の者も見上げる。およそ三尋(約5.5メートル)はあろうかという山藤の古木は、幹が大人の両腕を回しても届かぬ胴回り。二人掛かりでやっと互いの手が繋がる程である。山藤は、今が盛りと滝のしだたる様に。典雅な馨を漂わせ、一房は二尺にもなろうか。 「して、女御とは?」 「ふむ。会うた事も無い。只、儂(わし)が背なを見て『美次(よしつぐ)殿』と仰せられた」 「美次殿。いや、橘治部大輔(じぶのたいふ)(注:4)様のことにあるまいか?」 「まこと。三郎治部権大輔様に違いない」 「そうであろうのう」 祐郷は、ぼんやりとした目付きで山藤が房を見上げるばかりであった。 同十三日の夜半ばかり、祐郷禁中にて御番(注:5)の御勤めあり。番所を出でて不老門(注:6)の辺りへ差し掛かる。 松火(たいまつ)を持ちて、歩き行くに、向かって来る人影あり。 「此方は誰そ?」 と、問う。松火を持たぬ相手は、もしや二月騒動(注:7)以後、遠近(おちこち)に聞こゆる魑魅魍魎の類かと訝る。 やがて仄かに青白き灯りが点るに、祐郷驚き、肝を潰す。 「これ。威してすまなんだな」 柔らかい声の主は、地べたに腰をついた祐郷に笑い掛けた。祐郷はようよう気付いた。 「治部大輔様にあらせられるか!なんと、恐ろしい。松明も持たずに歩いていなさるとは」 「いや。松火はこれ、ここに」 美次は、俄に松火を差し出す。夜目にも麗しい若々しい公達の顔が、闇に浮ぶ。 「・・・幸いなる哉。治部大輔様。我が身が先日、醍醐寺に詣でた折の事を申し上げても宜しいでしょうか?」 祐郷は恥ずかしくなりながらも、松火の下にて山藤の女御の夢を語る。 「ほう。其れは異な事だが・・・」 「御心当たりがございまするか?」 祐郷は内心、怪しう思う。橘治部大輔美次には、まるで浮いた噂の一つも聞かぬ。もう、堂上家(注:8)の御子息はとうに皆、権勢家の息女と縁組をしている年頃であろうに。京随一の容色と謳われる美丈夫であろうに。 又、治部大輔には様々に奇異な噂もまつろっていたが。 生まれ乍らに「見鬼」(注:9)であるとも、鬼の子であるともいう。口さがない京童部(注:10)どもの囃し立てるやっかみである、と祐郷は思っていたが。 「心当たりのう。多すぎて困るの」 美次は、うち笑って祐郷と別れた。 それより二三日後、美次は醍醐寺へ上った。道すがら、祐郷が語る山藤を探すに、果たしてその大木は在った。一里も先から、花の芳しい馨が漂う。魂もあくがる幽玄な趣ぞする。 美次は言った。 「露子。ここで一寝ぶりするぞ」 藪の中から、白い狐の二つ尾のみが揺れた。 やがて夢に落ちた美次をやさしう呼ぶ声がする。ふと面を上げてみると、瓜実顔の美しい女御が佇んでおった。祐郷が言うよう、藤の単に薄紅の袴。そうして、枝垂り藤が如く豊かな黒髪。 其の携えたる扇を、女御はゆるりと開いた。 「君を初(そ)めて見む朝に 百代(ももとせ)も耐ふべし枝垂藤」(注:11) 美次は扇を受け取る。己が筆跡にぞ、笑む。 「百とせ昔に、上寺に参りしわごぜ(注:12)が謳うてくれました今様ぞ。妾がかたじけ無く思うゆえ、ゆめゆめお忘れなきよう」 女御はなよやかに微笑んだ。 「美次様」 「露子か。よう寝た。ほれ、此処に扇が」 美次は、開いた扇で我が身をうち煽いだ。そよそよと風が舞う。 「百年もお忘れになっておられたとは。腹心地の悪しうあらぬ事ですわ」 白い狐の嘆息が聞こえた。美次は至って涼やかな顔のまま。 「山藤が女御は情深いのう」 「其れにつけても、何ゆえに図書寮佐の夢に現れたのでしょうか?」 「祐郷は右筆(ゆうひつ)(注:13)を以って仕える身。其が上に信心深いと云う。山藤が女御も男を見る目があるという事にあるまいか」 美次は山藤を見仰ぐ。花の可憐なるが、ひらりと二つ三つ舞い落ちて来た。 |
| 注: 1醍醐寺:真言宗醍醐派・総本山。聖宝理源大師が貞観16年(874)に上醍醐山上で地主横尾明神の示現により、醍醐水の霊泉を得、小堂宇を建立して、准胝、如意輪の両観音像を安置したのに始まる。 2図書寮:地下(ぢげ。禁中における殿上人ではない一般の官職者)の中でも蔵人方にあたる官職の一。書物の管理等に携わる、図書寮佐は今で言う図書館主査のようなもの。位は正六位以下。 3女御:天皇の御寝所に侍る官女。およそ官位の高い殿上人の息女が任命されるのが一般的だが、寵愛を受けている為に仮称せられる場合も少なくなかった。 4治部大輔:治部省は、雅楽・僧尼・山陵・外交などを掌り・雅楽(うた)寮・玄蕃(げんば)寮・諸陵寮を支配した。大輔は卿の下で、正五位。じぶのすけともいう。 5御番:禁中の詰所。外様と内々に分れ、昼夜輪番した。摂家はもとより、および清華は任大臣の後免除された。 6不老門:豊楽院(ぶらくいん)の北門を指す。内裏から南西に位置する。 7二月騒動:鎌倉幕府、謀反のかどで北条(名越)教時ら、京都で六波羅探題南方・北条時輔を誅殺。 8堂上家:とうしょうけ。堂上とは禁中の宮殿の階段を指す。転じて、殿上人の意。 9見鬼:鬼はゆうれい。ゆうれいを見る能力がある者を見鬼という。中国より伝わった語。 10京童部:きょうわらんべ。口さがない京都の者たち。 11「君を初めて〜」の歌:「君(山藤の女御。精霊)をはじめて見たこの朝に思う。百年も花開き続けるだろう、この長く枝垂れた藤の花は」掛詞はももとせと桃。耐ふと絶ふ。桃の花よりも藤の栄華を謳ったもの。 12わごぜ:彼方様。親しみを込めての呼称。 13右筆:文才を以って官位の禄を賜る事。 ※赤松氏は、のちに1333年京都六波羅を足利高氏らとともに攻めた赤松則村を輩出する。 |