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  市舶司廃止

(4)

「これ以上、彼等と貢舶を続けても害こそあれ、朝廷には何の利益も無い。そこで温国亮が持ちかけたのは、新安商人がその費用を一部負担しようということだったわけよ」
「朝廷は、どういう返事を?」
「其処までは私も知らない。貴方の方こそ、都指揮司・霍希錦から探りを入れようとは思わないの?」
 鄭何聲は訊き返した。志麟は首を捻った。
「恐らく、温国亮はまだ運動してる最中でしょうよ。度々宦官が出入りしているというわ。馬沖儀、という人物よ」
「霍提督の邸で見ました」
 何聲は腕組みした。紅い唇に薄っすらと笑みが浮かんだ。
「自分のやっている事が判って来たかしら?」
「さぁ」
 志麟は、うむむと考え込んだ。
「霍と温と馬の三人が一直線上に並んでいる。これが変だとは思わない?」
「純利益が合致しただけの事とは思えないですねっ。それは飽く迄表向きであって、何か裏がありそうな」
 何聲の瞳が、猫のように光った。
「当然そうよね。大体、市舶司再設置は温国亮にとって有利だけど、朝廷にとって悩みの種になるわけよ。馬は自分の立場を不利にしなくてはならないし、霍希錦にとっても賄賂を受け取る以外の利点は何もないわ」
 成る程、言われてみればそうだと志麟は頷いた。
「しかし、じゃあ他に考えられる事は――もしかして…」
 志麟は目を見張った。狐に抓まれたような気分だが。
「『朝廷打倒』これ以外に何があるの?」
 何聲は自信に満ちて言った。思わず志麟は、何聲の口を両手で塞ごうとしたが、それは無駄に終わった。
「あわわ」
「誰も聞いてやしないわよ。飽く迄今は推測の域を出ないけれども」
 まずは朝廷を腑抜けにする為の先手として、新安商人が負担すると持ちかけての市舶司再設置。そこで経済基盤にがっちりと食い込んで置くのが温国亮の役目だ。すると次は、都指揮司・霍希錦が軍事に介入するというのが、何聲の予想だ。飽く迄宦官の馬沖儀は、朝廷にその仲立ちをする。
「何か、凄い構想ですね。『朝廷打倒』?講談の聞き過ぎは頭が悪くなる、って昔ばあやに言われたけど…」
 志麟には、半ば作り事か他所の国の話のように思えた。
「貴方は自分が関わろうとしている事の重大さを、全く判ってないようね」
 何聲は冷ややかに言った。
「孩子(こども)一人を探すことが一体、どうやって関係あるんですか」
「大有りよ。その仕事は、恐らく朝廷なんかには無関係、霍希錦の個人的なものよ。その孩子がいれば、朝廷打倒など容易いものだわ」
「そんな個人的なことで、五千両も出せるもんですかね?」
 志麟はたわけた事を言った。この辺が、世間知らずなのだ。
「莫迦。個人的だからこそに決まってる。この財政難、北虜に憂い、南蛮に患う朝廷がたかが孩子一人に五千両も出すと思っているの?」
「確かに!成る程朝廷をそっくり乗っ取ってしまえば、五千両など安いもんですよねっ」
「しっ。声が大きい」
 だが、待てよ。志麟は思った。自分の置かれている状況をつらつら考えてみると、もしその孩子を霍希錦の所へ連れて行けば、朝廷打倒に加担してしまうことになるのか。朝廷打倒に失敗すれば、自分たちは逆賊に手を貸した咎で刑に処される。成功すれば、貢献者になるだろうか。
 いや、そんな事は無い。裏舞台を知っている人間は口を封じられるのがオチだ。
 すると、本当に五千両頂けるのかどうかも実に怪しくなってきた。
「漸く判ってきたのかしらね」
 何聲は志麟の考えを見透かしたかのように、言った。
「せいぜいよく考えなさい。長居は無用…」
 そう言って、何聲は身を翻した。
「あっ!待って下さいよ!」
「安心なさいな。今夜は誰も殺しはしない」
 女の軽やかな影が塀を越えていった。まさに胡蝶の身軽さだ。沈香の仄かな香りが志麟の鼻孔を擽った。
「まったく、落ち着きの無いひとですねぇ」
 敵とも味方とも知れない。ただ、不思議な女だ。自分達をからかっているのか、はたまた導いてくれるのか。志麟は、何聲が飲んだ瓢の口を見詰めた。ふと、自分も酒を一口、と思い、その沈香の残り香に思わず誘われたところ。
 ふと視線を向けると、例の男が柱の蔭からそっと志麟を伺っていた。
「何じろじろ見てんですかっ!」
 志麟はかっとなって叫んだ。顔が一気に赤らんだ。それは新挙人・潘卓には見えなかったにしても、男の沽券に関わる。
「ひい」
 潘卓は一喝されて慌てて房間の中へと走りこんで行った。
 その慌てぶりが、あまりにも滑稽なので志麟は噴出してしまったのだった。

第七章(1)に続く
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