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  市舶司廃止

(3)

「浙江市舶司が近々廃止されるってことは、聞きました。何しろ、倭国の貢使は乱暴らしくて朝廷もほとほと手を焼いているらしいですね」
 志麟も、その様子を応天府で伺った事がある。
 『皇明経世文編』巻二十四「孫司馬奏議」には、その様子が次のように述べられている。
「日本国使臣允澎等巳蒙重賞、展展不行。待以礼不知恤。加以恩不知感。惟肆貪饕、略無忌憚。沿途則擾害軍民。殴打職官。在館則捶楚館夫、不遵禁約」
 礼部は、東洋允澎(とうよういんほう)一行の臨清(現在の山東)での暴行を皇帝に上奏している。また、貨物の強買を巡って、明国人との間に彼我(ひが)殺傷に及んだことさえあった。
 その典型として、嘉靖二年(1523)に起こったのが「寧波(ねいは)の乱」である。
 長州(山口県)の大大名である大内氏の使節、宗設謙道(そうせつけんどう)と、四国細川氏の貢使・鸞岡端佐(らんこうたんざ)・宋素卿(そうそけい)とをめぐるこの乱は、明日(みんにち)交渉史上最大の汚点、とさえ言われ拭い去る事の出来ないものとなった。
 発生の原因は、この日本の大名二氏の遣民貢舶の抗争であるが、直接引き金となったのは、寧波(明州)の市舶大監・頼恩が細川氏の使節、宋素卿の賄賂を受け取り、先着の使節宗設謙道の物資を後回しにしたこと。或いは、宴会の場において頼恩が宋素卿一行を上座に据えた、などの待遇の不公平に拠るものである。
 寧波、つまりもとの明州は、外国の使節を受け入れる「嘉賓館」という設備を構えている。
 其処が争乱の舞台となった。
 攻撃を掛けたのは、無論宗設方である。名前をきいてお分かりのように、二氏の使節ともに出家の身分である。争いの顛末は、宋素卿と宗設の遺党の入獄に終わっている。
 詳しい事はここで述べても仕方ないが、この「寧波の乱」以降、明国は日本に対して「閉関絶貢」を言い渡しており、拒絶すること十七年に及んだ。
 嘉靖十九年(1540)、再び貢舶は始まったものの、やはり問題は絶えなかった。
 無論、明国にも悪いことをするやつはいるもので、それが為に商人は「信票」という「免罪符」を与えられて交易していた。
 だが、商人たちの不正は留まらない。それはつまり、取り締まるべき市舶司側が賄賂を貰って、不正を見逃していたからである。
「温国亮もさかんに寧波の市舶司を廃止するように働きかけているわ。それも時間の問題ね。何しろ倭国との交易がなくなってしまえば、施設は必要ないもの」
 鄭何聲は言った。
 月が雲に隠れ始めた。頭頂まで高く持ち上げられた女の髪が、馬の尻尾のように揺らめいた。
「温船公の目的は、交易権の独占ではなかったんですか?」
「勿論だわ」
 肌寒い。志麟は、酒の入った瓢(ひさご)を何聲に差し出した。何聲は、遠慮なしにがぶ、と喉を潤した。
「教えてあげましょうか。寧波の市舶司は廃止しても一向に構わない。その代わり、杭州に作れ、ということなのよ」
「杭州に?」
 杭州の商人の首級ともいえる温国亮にとって、それは利益追求の最も手っ取り早い方法である。温の財力をもってすれば、市舶大監を抱き込むことは簡単だ。
「倭国との私貿易にそれほどの利潤がある、ということなのよ。尤も、朝廷にとってはそう好ましいことではないけれども」
 明日貿易の遣り取りで行き交った品々は、日本側からは主に「金・馬・刀・扇」などである。それに対して、明国が下賜した物品は「銀・錦・紗・羅・絹」などである。
 ちなみに鄭何聲が日本風の烏帽子を被った出で立ちなのも、日本モードが流行っていたということの証でもある。
 もともと貢舶貿易は、明国が「懐柔遠人」の為に用いた対外政策であり、貢舶を許可したのはすなわち「天朝」が恩を「四夷」に示して恵みを施し、その収得をもって利としなかったのである。
 それ故に進貢品は賞賜方式でもってあてがわれ、代金を支払うなどということはしなかった。さらに朝廷は、貢舶の人員総てを使節として扱い、鄭重に接待した。
 朝廷にとってみれば、これが莫大な出費の一つであり、当局は非常に頭を痛めていたのだ。
 いわば、東世界のボスと名乗ってその権威を示さんとしたが為に、手前の懐を寒くし、内憂を招いたのである。親分は辛いものだ。
 今日の世界のボスは、専ら他国からせしめることばかり考えているが、それに比べたら随分と鷹揚なものではないか。

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