第弐章 挙人・潘四郎
(1)
詩に曰く、
『天廻地転白雲行、 天廻り地転りて白雲行(なが)れ、
萬江千水緑條冷。 萬江千水 緑條冷(さえ)し。
決戦京城風不息、 決戦す京城は風息まず、
華山論剣与功名。 華山に剣を論じて功名に与(くみ)す。
唯将遅暮懼縁疚、 唯だ遅暮をもって疚(やまい)に縁るを懼れ、
未有人間逃細営。 未だ人間(じんかん)の細営を逃るること有らず。
誰言須臾鶴髪乱、 誰か言う、須臾(しゅゆ)にして鶴髪乱ると、
撕悴心骨垂汗青。 心骨を撕悴(てっすい)して汗青に垂れん』
この七言律詩は、明代の或る文人の作である。
『天地は運行して空には白雲が流れ、あまたの河川の緑色の帯は寒々としている。戦を決する京師(みやこ)は激しい風がとめどなく吹き、華山に剣を戦わせていさおしを挙げようと与党を作る。ただ、私はそれらを見て時勢に遅れ、そのことを憂うのを心配し、未だに人間の世の微々たる営みから脱却することが出来ない。古の詩人は言ったものだ。《たちまちのうちに白髪になり果て乱れる》と。せめて、我が心身をすり減らしても、此の世に一筆をとどめて置きたい』
という内容の詩である。
作者は嘉靖九年(1530年)、潮州府・普寧県に生まれた。
姓は潘(プーン)、名は卓(チク)、字を季卿(グワイヒン)という。本籍は新城であり、父は太守の次官という地方の世家(やくにん)であった。出自は斯様に定かではないが、戦国時代は楚国の潘氏を始祖とするともいう。字が示すように、卓は四人ある男子の末っ子で、三人の兄達はいずれもよく出来た。
多くの中国人は、兄弟の排行を「伯・仲・叔・季」を用いて字をつける。この時代では数字も用いられた。
だから、卓は潘四郎とも呼ばれた。「潘さん家(ち)の四郎さん」という呼び方だ。間違っても諱(いみな)を呼び合うことなど、よほどでない限りは他人同士在り得ないのである。だが、煩雑なので、以後は卓と呼ぶ。他の登場人物についても同じである。
さて、卓は今年二十歳で、八月中旬に行われた郷試(ごうし)に見事及第した。兄弟の中では、次兄に継ぐ若さで「挙人」となったのである。
科挙のはじまりは、6〜7世紀、唐代の頃であるが、宋代以降は「三段階制」となった。
郷試・会試・殿試という順で挙行される。郷試とは地方試験のことであり、三年に一度「子・卯・午・酉」の年になされるのだが、これに合格するのは困難をきわめると言う。
清代の統計では、郷試に赴く資格を認められた生員の百人のうち、一人しか合格できないのが現状であったという。苛烈な受験戦争である。
ところで、唐宋時代の科挙子(受験生)は官吏となって利殖を得る以外に方法が無かったのであるが、潘卓の生きていた明代後期ともなると、商業の発達によって何も役人にならなくても財産を成すことが可能となった。
むしろ、相次ぐ夷狄の侵攻によって経営の苦しい政府から薄給をせびるよりは、その方が楽だったのだ。
視点を変えて言うならば、科挙子を抱える家庭は大変だった。
経済的な問題は大きい。鄙に住む者にとっては郷試を受ける為に各省の首府へ出る旅費、宿代、それだけでなく試験官への謝礼、係員への祝儀、宴会費、それに小遣いといった、合計すると一財産になるほどの出費である。それも、郷試が一度で済むとは限らないのだ。
合格すれば、さらに会試、殿試と費用がかさむ。明代後期では、この費用が現在の日本円で5〜600万円ほどに相当したというのだから、貧乏人には到底無理な話だ。
潘卓の家も地方役人の階級とはいえ、一族から四人もの科挙子を出したのは、我々の想像に難くない大変さがあった。
それでも皆出来が良くて、順当に官吏となったのは稀に見る幸運といえた。失敗すると、目も当てられない結果となろう。
郷試に合格した者は「挙人」と呼ばれる。一躍、官人候補生となり、一族はおろか郷党の人々のもてはやすところとなるのである。次なる試験の会試が待ち受けているのではあるが。
会試は郷試の翌年、また郷試と同じく省府で行われる。唐代では、この会試に合格すれば即「進士」となり、中央政府に召される。
しかし、宋代以降、殿試が天子直々の最終試験となった。
まだ潘卓は「挙人」となったばかりである。
そして、新城の実家から郷試を受けに杭州府にやってきて、約半年。街の南にある叔父の家に厄介になって今も目下勉強中の身であった。
「いやぁ、卓もこれで立派な挙人さまだ」
ほろ酔いで機嫌の良い叔父、潘修生(シウサン)が言った。
隣で白酒(パイチュウ)を傾けているのは、叔父の一人息子で、従兄の去縛(ヒョイフォク)である。字は叔啓(スクカイ)。潘家の四子のうちで、修生の実子はこの去縛のみ。
一族の男子をまとめて兄弟と見なすは漢人の家族制度の特徴ともいえるが、それだけ男子は優遇され、家門を盛り立てねばならなかったのである。
それにしても、男児四人とは少ない方であった。
「父上、卓にはそう酒を勧めなさるな。今にも吐きそうな青い顔をしているではないか」
去縛は、空になった盃を下女に示した。
従兄の言う通り、卓は先刻から代って気分が悪かった。何しろ、挙人になるまで書(ほん)の虫で、遊びの一つも知らなねば、一滴の酒も飲んだことがない朴念仁だったのだ。そこへ郷試に合格したとあって、連日連夜の宴会ときては、二日酔いどころではない。
卓の顔を見ながら、去縛も三年前の自分を思い出していたのである。
その去縛も今は応天府(南京)から衢州(ぐしゅう)の知事として赴任する途中、実家に立ち寄っていたのだ。
「なぁ、卓。ちょいと頭を冷やしたらどうだ?」
「然様、夜風に当たられるとよい」
叔父の言葉を聞いて、卓はそそくさと外へ出た。外は秋の風が漂っている。十月になろうという頃である。
「おい」
と、不意に卓の襟首を掴んだのは去縛である。
「本当に頭を冷やしてるバカがいるか。呆れるヤツだな、お前は」
「非道いや従兄(にい)さん、何だってんだよ?」
眉を八の字に下げた情けない顔の卓に、去縛は自分の顔を近付けた。
「何だも何も、挙人さまがそんなシケた面してどうする、俺について来い」
シケた顔は生まれつきであるので、どうしようもない。
「つつつつ、ついて来いって何処へ?」
「黙って付いて来りゃわかる」
と、去縛は卓に有無を言わせず屋敷の外へと連れ出した。
(2)に続く
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