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  青白龍王珠

(4)

 舜永は物心つく前からそうだった。赤子の時既に父の死を予見して七日七晩泣き続けたという。京師(みやこ)に一大事があるという時も、夢見た。細かな事なら数え切れぬほど夢に怪事を垣間見たのである。
 初めは舜永自身何の事か判らずに夢の話を他人に語り聞かせていたのだが、次第に疎まれるようになった。
 妖(ばけもの)だと罵られて、養父母も舜永を遠ざけるようになった。
 そこで姉は舜永を広州の山中に匿って生活させるようにしたのだという。
 漢人の世界ではこういった子供を「見鬼」とも呼んだ。通常は目に見えない筈のゆうれいを見る、怪異を見る事が出来る者という意味である。古くから「見鬼」の存在はあった。
 だが、感受性の強い子供にはありがちな事で、大人になると見えなくなったりする場合が多い。
 舜永は違った。十六になってもまだ怪事は聞こえる。否、ますます鮮明に意識出来るようにさえなった。
「だから、養父母たちが僕を官人に密告して捕らえようとした。だから広州を離れて阿姉(ねえさん)の処へ行こうと思ったんだ」
 やはり漢民族の歴代王朝に於いては、先史時代から怪異の兆し、天変地異を、これを政の乱れから起るものとして忌んだ。
 例えば何れかの村に三本足の鶏が生まれてくれば、単なる偶然の奇形ではなく、天子の政に何か誤りがあったのではないかと考えるのだ。日蝕や地震などその最たる物だと言ってよい。
 それ故に、お上に仕える官人達は「見鬼」のような怪異を知る者を市井の人々の噂に立ち昇らない、引いては天子の目の届かない処へ追い遣る、抹殺する事に熱心だったのである。何しろ、為政者の政治活動が拙いなどと言わせているようでは国家安泰も兎も角、自分達の出世も危ういのだから。
「で。姉さんは何処に?」
「多分、応天府じゃないかと。でもいつも一所にはいないから捜すのは大変だと思う」
 舜永は、伏目がちに言った。
「龍王珠も取られてしまったし」
「青白珠の事?龍王珠って言うんですか。それって一体何の意味があるのかい?」
「さぁね。僕が生まれて来た時に両手に抱えて出てきたらしいよ。姉さんから聞いたんだけど」
 青白の美しい珠玉には、予め龍の文様が施されていたという。それ故に「龍王の授けた子」ではないのか、と言われた。
「龍王ねぇ……」
 と、志麟は首を傾げた。
「笑い事じゃないよ!僕が龍王の子なんだってよ?本当なら洪水だって起こせるし、雷だって呼べる。なら、こんな所にむざむざ閉じ込められて黙ってなんかいるわけがないよ」
 舜永の目に涙が込み上げて来た。
「しっ!大声を上げないで。君が龍王の子かどうかは兎も角、ここから出してあげますら」
 志麟は自信たっぷりに言った。先程、鬼がいると言われてびくついていた若者とは思えない程に。
「五千両はいいの?」
「いや、それはもうどうしようもないし、高大哥に責任取って貰うとして」
「え?高大哥って」
 舜永は瞠目した。
「私の兄弟子です。高輝鴻という女誑しでいい加減で口先だけの男ですけどね」
 志麟は、やや頬を赤らめて忌々しげに言った。
「なら僕より先に高大哥を助けてよ!」
「何ですって?」
 志麟は聞き返した。意外な人物から更に意外な事を聞いたからである。
「高大哥は東天目山で僕を賊から助けてくれたんだ。でもその後、姜楚谷って男にやられて―あっ」
 志麟は唇を噛んだ。今頃思い出した。姜楚谷とは、この霍提督の屋敷で会った不穏な隻眼の偉丈夫。剣技は相当の腕前と見えたが。高輝鴻でもやはり太刀打出来なかったのか。
「高大哥ともあろう者が」
 志麟はその時、南院の方に向かって近付く気配を聞いた。少なからぬ私兵と思われる。見回りの時刻やも知れなかった。
「……待ってて下さい。今晩、いや明晩には遅くとも助け出してあげますからね」
 志麟はそう言い残して、身を翻した。
 舜永は、その風の如く軽やかな動きに目を奪われながらも、はっきりと頷いた。


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