第拾章 青白龍王珠
(3)
窓は硬く閉ざされていて、内側から鋼が、外側から格子が填められていた。入ってくる陽光は眩しいが、舜永の胸中は塞がれたままである。
房間は広く、古い調度が並んでいた。宋磁の壺、埃を被った軸、寝台の縁に腰掛けたまま、舜永はそれらを眺めた。用を足すのも見張りが付いてくるし、食事も中で採ることしか許されていない。しかし、四六時中見張られていては食欲も湧かない。
「白磁龍口浄瓶、南宋時代の郊壇官窯。何だってこんな目の玉が飛び出るような品物が官人風情の私邸にあるんだろ?」
舜永は呟いた。不正な金が入って来なければこのような逸品も入ってくる訳が無い。
古物は、それぞれ見ているだけで物自体が舜永の心に何かを語りかけてきた。様々な人間の手を経てきた経緯や、どんな扱いを受けたかを、舜永はまるで走馬灯のように瞼の裏に見る事が出来た。
その限りでは、贋作は一品たりとも無い。だが、それだけに奸悪を巡らされて他人の手に渡った物や血塗られた経緯を持つ物も多く、少年の心を痛ませる。
「畢竟、僕もこの調度と同じということかな」
舜永は自嘲気味に呟いた。誰が見ているのでもないが、そういう気分だった。姜楚国に連れられて霍希錦の屋敷に来た事だけは確かだったが、これからどうなるかは知りたくもない。気掛かりは姉の事と高輝鴻の安否だ。
「へえ。君は磁器に詳しいんだな」
窓の外から若い男の声がした。舜永は一瞬どきりとした。見張りの私兵が言ったのかと思ったからだ。しかし、声の主は私兵では無かった。窓の間から黒い冠が覗いて、若者のやや日焼した端整な顔と黒い大きな瞳が現れた。
「あっ」
舜永は声を呑んだ。ベツ子門で倭寇襲来の夜に出会った男である。
「愕いたのは私の方ですよ」
志麟は鬢を掻いた。
「まさか君が私等の捜しているガ……人物だったとはね」
「捜していたって、どういう意味さ?」
舜永は窓に駆け寄って格子にしがみ付いた。志麟は舜永のいる小暗い部屋の中を窺った。古物の放つ一種独特の饐えた臭いが鼻に付く。
「見張りの人達はちょっと寝てます。なに、みねうちですよ。暫くは起きないけど」
志麟は後方を指差した。
「霍希錦が青白の珠玉を持った十六歳の少年を捜してくれ、というわけで私と兄弟子がその役目を請負ったんです。五千両という大金で」
舜永は首を傾げた。
「五千両?」
「私にも今ひとつ理由は判りませんがね。何しろ、只の雇われ者だし、兄弟子は勝手に前金を使い込んで引くに引けなくなるしで、もう……」
「是(そう)、でも何となく奴等の考えてそうな事は想像が付くよ」
舜永は声を低くした。
「あの夜あんたに会った時、僕が何て言ったか覚えてる?でなきゃ、あんた今頃此処にはいないよね」
「あ、ああ。何かが起こるって言った時。確かにありましたよ、港から街から滅茶苦茶になったんで。倭寇の夜襲ですよ。あんなの初めてだ!この目で見たから嘘はない」
舜永は志麟の顔を見詰め返すと、静かに目を伏せ、溜め息を吐いた。志麟は、ややあって豁然となった。
「……もしかして?」
「そう。僕にはわかるんだ。世の中の普通の人が見えない物が見えるし、予知出来る。魑魅や魍魎もね」
舜永はそう言って、志麟の顔の真横を指差した。
「ほら、あんたの後ろにも今迄やっつけてきた武人の鬼(ゆうれいが大勢」
「ひええっ!」
志麟は慌てて飛び退った。振り向くと、ケラケラと軽い笑い声を立てて舜永が笑っている。
「嘘だよ、嘘。僕は鬼(ゆうれい)の姿までは見えないよ。気は感じる事が出来るけどね」
「騙したんですねっ!酷いなぁ」
志麟は口元を引き締めた。
「こんな事で愕いたってのは内緒にして下さいよね。お化けごときにビクついてるなんて、天下の《青風麟》の名がすたるっていうか……」
志麟は窓に顔を押し付けるようにして、小声で言った。誰にも聞かれてる筈もなく、見られている筈もないのに、妙な所で気が小さいのが舜永にはひどく可笑しかった。
「さぁ、それはどうかなぁ。今後の条件次第だよ」
舜永は従容として笑った。
(4)に続く
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