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  青白龍王珠

(2)

 霍希錦は上機嫌である。国を傾ける手筈がとんとん拍子に進んでいるからであり、青白の珠を肴に飲む酒は極上の味と言えた。
 一方、温国亮は今ひとつ得心の行かない表情、いやあからさまに不審顔であった。今迄、この霍希錦という官人には随分と賄賂を贈ってきたものだ。影のように付き随って何かと金品の世話をしてやった。娘の輿入れには南海の真珠やら珊瑚やらを人を遣って探させ、官憲の宴会の負担もしてやった。辰砂の入手も温国亮に任せて当然の事である。
 それが、今回は馬太監に任せきりで他の商人に依頼したという顛末は、温にとって憮然も愕然たる思いだった。
 大事を行う為の些細な事ではあるが、温国亮は老齢の所為もあってか、この一件がとりわけ気に掛かった。
「貴公も一献どうだ?」
 霍希錦が赤ら顔で盃を差し向けた。倭国から調達した、紅漆に金の蒔絵を施した盃は、異国情緒に溢れた逸品だ。日本の大名が使うような代物だ。これも温が仕入れた物だった。
「いえ、鄙人(わたくし)はこれから商談がございますので」
「哈(は)ッ、よく働くな。商人の鑑だ。古稀(しちじゅう)というのにな」
 霍希錦は上機嫌で笑った。
 温国亮は何度も暇乞いの挨拶をして房外へ出た。共の者が待っていたように滑り込んで来て、温の背後にくっついて歩き始めた。
「大爺(だんなさま)どうかなされましたか?」
 従者が訊いた。温国亮は黄色くなった薄い髭の伸びた顎を撫でつつ、鼻息を荒くして答えた。
「何でもない。お前には関係ないわ」
 温と従者の少年が出て行こうとする間際に現れたのは戴志麟であった。
 志麟を見ると、温は明らかに皮肉な表情を浮かべた。
「お前はもう御役目御免だ」
「御役目御免?ってどういうことですかぁ?」
「例の孩子はもう見付かったのだ。昨晩のうちにな」
「見付かった?」
志麟は鸚鵡返しに訊くしか出来なかった。温国亮はふん、と小さく笑った。
「姜楚谷という男が連れてきたそうだ。南院の房子に軟禁されている。残念だったな、五百両はその男のものだ。今頃花魁を揚げての大騒ぎだろう」
 ほっ、と温国亮の笑声が上がった。志麟はその背中を見送ったが、まるで狐に抓まれたような気分だった。
「何ですって?姜楚谷って何者なんだ……いや、それよりも大変だっ。五千両は既に高大哥が使ってしまってるのにですよ!一体どうしたら……!」
 志麟は血の気が引く思いがした。五千両なんて金銭は、幾ら雑魚の野党どもを捕まえたところで一年や二年で返せる額ではない。
 粘着質だという噂の霍希錦の事だから、おそらくきっちり揃えて返さないと死ぬまで追われる事になるだろう。いや、早速に命を差し出せと言われるやも知れない。
 今はおそらく孩子が見付かって上機嫌なのだろうが、金を返せないと判ると明日にはきっと高大哥にも自分にも命の危険が及ぶ事は間違いない。
 志麟は考えを巡らせてぞっとなった。
「嗚呼、もうどうしろっていうんです、どうしろって?しかも使い込んだ本人は行方知れずになってるし!清く正しく生きようと思ってるこの私に災難ばっかり持ち込んでくるあんな兄弟子なんてもう金輪際必要ないっ!」
 兎に角、南院に行って事実を確かめるしかない、と志麟は逸る心を抑えつつ邸内を歩き出した。

 
(3)に続く
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