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序章 

 暗雲が低く宮殿を圧していた。折からの寒波は、この大都にも押し寄せていた。燕京ともいう北の都に遷都されてはや百年余。
 黒衣の男が、朱塗りの回廊を進んでいた。およそ大官とも宦官とも思われぬ、漆黒の道衣は、男が術士である身分を示していた。男の背後には、白皙の少年。
 だが、やはり宮廷には似つかわしくないその男に対する高官達の視線は、寒波が齎す旋風以上に肌寒いものである。
 時に明国嘉靖十一年(1532年)。
 満州族の度重なる侵攻は、常にこの中つ国を脅かしていた。
 蒙古人による支配が終結して約二百年。廃止されていた科挙制度は復活し、漸く宮廷にも文武揃った薫風が漂い始めたというのに。
 劉興健(ラウ ヒンギン)は、暗い面持ちで回廊を見遣った。黒衣の男が近付いて来る。
 賎しい術士風情が、と思うのだが、相手は今上帝の寵愛を縦にする時の人である事に代わりは無い。
 そもそも明国の建国者、太祖・洪武帝(朱元璋)の出自も定かではない。白蓮教という妖しげな宗教結社から起こった農民反乱が長江下流の穀倉地帯を接収し、金陵(今の南京)に都したのが始まりである。
 太祖は猜疑心の強い男だったと伝え聞くが、今上帝もそれに匹敵するのではないか、と劉興健も思う。劉興健は、三歩後を音も無く歩んでいる部下を、振り返る。
 長身痩躯、伏目がちな男の顔が劉興健の目に映った。
 姜楚谷(ギョン チョウコク)は、恰幅もよく円満な顔付きの劉興健とはまるで正反対の風貌だった。『山東の大男』というが、済南の東の寒村出身で、背は高く六尺(186pほど)はあり、粗末な兵糧と激しい行軍にも耐える事の出来る忍耐強い精神力、持久力。わざわざこの御時世に有名無実だった武科挙を受けたという。
 勿論、姜楚谷の腕前は官軍中に鳴り響いていた。
 猛虎を気迫で檻に追い返したという逸話が、まことしやかに交わされていた。その逸話が現実味を帯びていることが判ったのは、劉興健が実際に姜楚谷を引率して長城まで遠征した時だったが。
 兎に角、劉興健は、この寡黙にして勇猛果敢、思慮深い部下を誇りに思うていた。
「のう楚谷。北辺の風に吹かれている間に、宮廷の抹香臭く生温い空気が息苦しう感じるのは、どうかのう」
「…劉都督。僭越ではありますが、そのような事は」
 楚谷は、固く首を振った。鋭い眼光が泳ぐ。
 術士が振り返った。その顔には、憤怒の色が満ちていると思いきや、意外な事に、不気味な程の円満な笑みが浮かんでいた。少年は、無表情なまま劉興健と楚谷を見詰め返した。
 だが、この時楚谷は見た。
 術士の薄い唇から洩れる息が、この世のものならぬどす黒い煙となって、楚谷たちの方へ向かっていたのを。思わず、楚谷は帯びた太刀の柄に手を掛けようとした。この回廊では、まだ帯剣は赦されていた。
「何…?」
 だが、煙は実体のない力となって、楚谷の両腕を金縛りにし、そうして分岐した。枝分かれしたもう一方は、あたかも生きた竜蛇の鎌首を擡げるが如く、劉興健の鼻孔、そして口唇の隙間に侵入していった。
「どうしたのだ、楚谷」
 劉興健は、訝った。普段は無口で物事に動じない股肱の部下が、恐ろしく強張った表情で自分を見詰めていたからだった。
 黒い煙が、すっかり劉興健の身体に取り込まれると、術士と少年は、やがて何事も無かったかのように去って行った。
 官軍北虜征圧指揮官として、勇名を馳せた劉興健が今上帝の逆鱗に触れ、罷免され流刑に遭ったのは、これからほぼ半月後の事であった。

第一章(1)に続く



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