★仮面ライダークウガ鑑賞記★
〜脱・孤独で二枚目なヒーロー〜
| 何となくバラエティ番組とか『あずみ』(最上美女丸役)とかでずんずんと役者・オダギリジョーにハマってしまったものの、原点ともこれが出世作ともいえる『仮面ライダークウガ』を見ないまま延々過ごしていくのはしのびなく、一気に見ました。 以下のこの色の文章は日記に書いているのですが、せっかくなのでログをとっておくことにしました。 ■第1〜6話 さて。クウガの詳しい感想はネタバレになるので伏せておきますが。もう皆さん知ってるか……。 腐女子の萌え萌えしそうな「五代(オダジョー)×一条(葛山信吾)」のツーショット満載vvええ?2話目からこんなラブラブでいいのか?な(笑)。 オダギリの演技がクサイし、変身ポーズに多少の照れがあるのが何とも。 にしても、「スタント無しやってねぇ。クウガのトライチェイサー欲しいな〜」と相方と二人で言ってました。 けど「昔のオダギリ不細工」と言うのは禁句だ相方よ(笑)。ええ、明らかに前歯矯正してます。ブサ可愛いのがいいんだってば。 確かに他の仮面ライダー達とは顔立ちの系統がぜんっぜん違うけどねぇ。 ■第7〜12話 思うのは、「子供にはチョット高度な内容じゃないのかな?」というのですかね。警察での会議とか科警研での台詞とかオトナの私にも難解だ(笑)>アフォなだけか も一つ言えば「変身シーンが短い」。昔の仮面ライダーはつーと「へーん(ここで溜めがある)しん!」という時代劇でいうなら桃太郎侍くらいの見得を切ってたと思うんですよね。こう高い断崖絶壁の上とか草原とかでさ。 うろ覚えですが。 オダギリなんて「変身!」と言いながら走ってるし(笑)。しかも割舌悪ィよ。ポーズも最後の方テケトーに見える。そんなんでええのか?いや、多分シリーズ始まってここ30年ばかしで都会化された生活の反映でしょうか。 変身シーンも街中で手短にやんないとネ? ■第13〜20話 やはり「ベスト・オブ・酸素マスク・アクター」の歴史(それは芝居といっていいのか?)は此処から始まっていた!五代クンと椿先生と一条刑事との三角関係が、今後の見所ですね(嘘)。 それにしても、やっぱり変身のアクションが短いのが気になる。子供たちにとってはやはりそんなことよりもバイクとか武器とかの方が重要なんでしょうか? よく「ライダー(ヒーロー物)俳優は大根が多い」というのを、否定はしませんがね。でも『クウガ』は別格だと思うんですが>贔屓目 「つくづくアンタは所謂イケメンが好きじゃないのね」と言われましたがそれも否定しません。男は笑顔と愛嬌じゃ。 ■第21〜28話 エプロン姿も似合うオダジョーvv是非ハダカでやって欲しいです。いやヒンソな上半身だけでいいので。男のヒンソなハダカに萌え。 私が男なら貧乳萌え?いや、でも女性は巨乳がいいな>違 やはり変身シーンは短いですね。「へんしぇん!」という情けな系の掛け声とともに(笑)。 しかも今頃気付いたのですが、クウガってクワガタだったんですね。クワガタからクウガって名前に?ゴウラムを見た時点で気づけよ貴様、って言われそうですが。 プールが出て来た時に囮になってオダギリがビキニパンツで泳がないかなぁ、とドキをムネムネさせてたんですけどそれは無かったので残念です。 ■第29話〜43話 仕事中も『クウガ』のオープニング曲がぐるぐる頭を回ってます。 その所為か、仕事中にお客様にクウガとオダジョーの魅力を延々語ってしまって、大笑いされてしまうの巻。 でもクウガの下半身のアレげな部分がが気になるとか、いやあれはスーツアクターだから本人じゃないし。最終的には「○○さんてキムタクとかフクヤマとか典型的な男前はやっぱり好きじゃないんですね」という結論に達してしまわれてちょっとウレシイのか嬉しくないのか複雑気分です。 さて、もとへなちょこライダーの私としてはクウガの愛車に言及せねばなりません!<せんでもいい(^^;; トライ(ビート)チェイサー2000は「マトリクス機能」を持ち、カラーリングなどが変化する優れた相棒です。 GASGASというスペインの会社のパンペーラという車種なのですがこれが見ての通りのトライアル用でして。 排気量は多分五代クンのガタイと比較して200か250ccクラスかと。125ccではやや小さく、370ccもあるのですが、これではコンパクトさに欠けるので。 とはいえ、現物を見たことはないですが外車というのは存外でかいですからね。本来はマフラー1本です。エグゾーストも1本の音ですし、やはり排気量は少なめの高音に聴こえる。新品は約日本円で70万。……ほ、欲しい(笑)!! トライ(ビート)ゴウラムはヤマハV−MAXなんですが、よーく見ないと気付かなかったです。 しかし、歴代ライダーのマシンといえばスズキ系だったのに、ヤマハに変わったんですね。最近のはまたどうなのか判りませんが。 41号との対決はある意味クライマックス感があったのですが、ライダーキックの掛け声が伝統的な「とおー!」でなくて「ぅおりゃー!」てのはチトへたれ気分になりました(笑)。 やたらと周囲の人が一条さんにカノジョがいないのを心配するが、いるじゃないか!目の前にフニャフニャ笑ってるヤツがいるじゃないか!…ち、違いねーですよね(笑)。『オダギリズム』で出ていた東京湾のシーンが出てたです。しかし、このまま最終話まであの「へんしぇん!」で行くのだろうか?行くのだろうね。ま、いいか。タダの二枚目なら怒るが、オダギリなら許せる。かなーり母性本能をボウリングされてます。 ホンマにすみませんね、こういうのばっかりで。今月はオダギリ強化月間ということで許してくだちゃい。 ■第44話〜49話(最終話) 『クウガ』最終話まで一気に見ました。 ……泣いた(T∇T)! 最終話の半分くらいからだんだんうるうるしてきて、雄介がジャグリングしてるところでだー、ぼろぼろっと来たね。大感動ですね!雪の中血まみれオダジョーもよかったんですが。折りしも出張から帰って来た相方に見られてしまって、恥ずかしかった(笑)。 いやぁ、年を取ると涙もろくなるとはいえ、何がそうさせたのか自分でも判りません。 蛇足を承知でいろいろ思うところの一部を述べますと、仮面ライダーシリーズってのは一般的に言われるように「勧善懲悪」じゃないんだなぁと再考させられてしまいましたね。 まず初代にしたって改造人間はもともと悪用される為の存在なのですから。歴代ライダーの多くが「復讐」の為に立ち上がるというのも子供心にディープな感じがしてました。また其処が魅力でもあるのですが。 いわゆる善悪は背中合わせなのであって、立場が違えばどちらとも逆転する。クウガは如実にその事を語っていたように思います。それが机上の空論のようなはたまた武力を装わんが為のプロパガンダのような「正義」という名目ではなく「みんなの笑顔」の為というのが。 決して其処にあるのは「復讐」ではなく「平和」に向かって。その過程で雄介は闇の力の方へ引き寄せられつつも、自分の原点を失わないでまっとうした。 決して大仰な「正義」、有耶無耶な善というタテマエに踊らされない、身近な人間、自分が通り過ぎて行く微かに触れ合った人間、遠い青空の下の会ったこともない人間の「笑顔」の為なんですよね。これが21世紀に向けての新たなヒーロー像という金字塔を打ち立てた訳ですね。 私は所謂熱血モノやヒーロー物の主人公ってウソ臭くて強過ぎて好きじゃないんです。精神的なものも含めて、その強さに何の裏づけも感じない主人公が多いから。 でも、49話通して見た限り、雄介はへなちょこだし(「へんしぇん!」という掛け声は最後までそうだった)最終的には勝ってるけど周囲の助力なしには何も進まない。 で、それを自然な事として受け止めている。ダメな時は誰かに助けてといえる強さ、図太さがいいです。修羅場を掻い潜ったから必ずしも強いというわけじゃない、人間は意識的に何かを思う事で強くなれる、そんな気がします。 ■総評と雑感 私自身は特撮番組にそれほど詳しいわけではないのですが、映像的にも音楽的にもストーリーとしてもオトナの鑑賞に堪え得る、というかむしろオトナに見て欲しいような番組でしたね。 欲を言えば、クウガの敵方であるグロンギのナゾや古代戦士としてのクウガの存在など、明らかにされない部分が多いのでそこんとこ解明してほしかったなとは思うのですが。いえ、そんなことは吹っ飛ぶくらいに最後に泣けたのは何だったんでしょう? 五代雄介の笑顔に詰め込まれた「人間愛」の所為でしょうか。(一条さんだけへの……じゃなくて(笑)) オダジョーは、最初このオーディションを受けたときに「いままでのライダーのようには演じられません」といい、受かった時に多少のショックを受けて悩んだらしいですが。その悩みの意味するところが何だったのかは想像の域を出ませんが、おそらくライダー俳優は大根、とか将来もそのイメージから抜けられないだろうというプレッシャーとかあったと思うんですよね。 でも、現在(2003年)を見てみると決してそうじゃない。 現に『クウガ』以降のライダー出身俳優も比較的多方面で活躍しています。オダジョーは11年振りのライダーシリーズで、見事に今までのライダー俳優のイメージと役者としての可能性を拓いた先駆けだと思うのです。無論、オダジョー本人の努力と人格、演技力も相俟っているのでしょうが、其処にやはり『仮面ライダークウガ』という作品の素晴らしさがあったからだと。 〈2003.10.25〉 |