温泉漫湯〜記
箱根・中伊豆篇(2002 2/9〜2/11)
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二日目(2/10) 雪〜曇り
●塔ノ沢〜彫刻の森美術館●
午前8時に朝食。一時間もかけて朝ご飯を食べたのは一体いつのことやら…。伊豆・箱根といえば豆腐や干物が名物なんですね。塩辛も付いてました。関西文化にの人間にとっては、「やはり朝から塩辛は…」と思いつつ、でもオイシイのでぜんぶ平らげました。わさび漬けもつきものですね。
10時前にチェックアウトして、再び塔ノ沢駅から、今日は予定遅れで箱根彫刻の森美術館へ。
旅館の皆さんの接客もアットホームで良かったのですが、駅に向かってきつい坂をのぼっているとき、下から仲居さんが私達に向かって手を振って下さったとき、すごく嬉しかったです。
「また来よう!」という気になりますね(単純)。人間、旅先でのやさしさは心に残るもんです。…ていうか、駅に向かう人はやっぱり少ないし(笑)。
箱根登山鉄道を待ってホームで時間をつぶしていると、鉄道マニアらしき人物が、対向列車を撮影してました。2月末で引退する列車を撮りに来ていたようです。「52年間お疲れ様」って書いてあったのを見て、そんなとこでもしみじみしてしまうもんです。
いざ、列車が来ると上りは超満員!
「皆いちばん上に行くんだろうか〜?」と思いながら押されて過ごす数十分。
塔ノ沢から大平台までに、第一のスイッチバック地点があります。車内アナウンスは聴こえるのですが、何せギュウギュウ詰めなので、何処をどう走っているのかの区別もつかないまま、ただどんどん高いところにのぼってる〜という感じでしたね。行きは。
さらに宮ノ下までに二回信号場があって、そこでもスイッチバック。日本一とか世界で二番目(一番はスイスの駅でしたか)とか言われても、とにかく高い…それしか実感無いですね。でも、面白いのは面白い。
●彫刻の森美術館●
彫刻の森美術館に到着したのが午前10時半ごろでした。
空は曇っていて、ちょっとヤバイ感じでしたが、まあお昼までここで潰して移動しようということになり、のんびり館内を歩きます。
オープン・エア・ミュージアムっていう形式は広い土地ならではですね。父が良かったと言ってたので、一度は来て見たかったのです。
ニキ・ド・サン・ファールの「ミス・ブラック・パワー」の前でお約束のように写真を撮り、本館ギャラリー、アートホール、広場、屋外展示場…と回って行きました。K2はこういう近現代彫刻や絵画に余り興味がないので、とにかく散策を楽しんでいた感じなのですが(笑)。夏は芝生も青々としてもっと清清しいんだろーな、と思いつつ。中程まで歩いた頃から、雪が降り始めました。
どんどん降るばかりで、ヘンリー・ムーアのコレクションのあたりに来ると、辺りは一面白いヴェールに覆われたような雰囲気でした。でも、そんな幻想的なんじゃなくて、「寒い、寒い」ばかり言ってましたね。
シンフォニー彫刻に上って、途中下を見ると足がすくんでしまいました(笑)。いや、マジで寒いし怖かった。高いところ怖い、とあれほど思ったのは初めてです。何故か。
緑陰広場というところで一番人気なのは、行かれた方はお分かりだと思いますが、アントニー・ゴームリーの「密着」という作品です。皆さん写真撮ってました。まあ、ご覧下さい(笑)。ここで何が良かったかというと、何でしょうね〜。美術館の雰囲気全体でしょうか。判りやすい彫刻には大勢人が群がってました(笑)。
●彫刻の森美術館〜小田原〜三島〜修善寺駅前●
さて再び箱根高原鉄道で、今度は小田原まで逆戻りです。バスを使うという手もあるんですが、二人とも列車の方が好きなので、小田急線から乗り換えて三島までゆっくりとJR線で移動。電車は風情がありますね。熱海の辺りは海も凪いで見えました。東京からなら、修善寺まで「スーパービュー踊り子号」で直行なんでしょう。
三島で伊豆箱根鉄道に乗り換えて、一路終点修善寺へ。
本当のところは、源頼朝が戦勝を祈願したという三島大社へも参詣したかったのですが(私は神社好き、K2はお寺と城好き)、三島に到着したとき午後3時を回ってたので、断念。もし翌朝時間が取れれば、とのことでした。
本当なら、天気がよければ列車内から富士山が望める、とガイドにあったのですが、生憎地上も雪から雨模様。空はずっと曇っていて何も見えずどんよりした雰囲気でした。
何を隠そう、私ミツルギは小学生の時から戯劇作家・岡本綺堂が好きなのです。拙作小説の方のあとがきにもその事は触れてますが、綺堂の描く江戸、明治の下町の雰囲気や怪談が子供心に印象深く、ずっと覚えてました。大学生になって、もし国文学専攻なら綺堂をやってたかもしれないです。
というので、「綺堂ゆかりの地、修善寺には、是非死ぬまでに一度は行っておきたい(かなり大袈裟な…)」との願いが叶いました。
ここ修善寺は『修禅寺物語』の舞台でもあり、綺堂が実際に滞在して執筆した土地なのです。もうそれだけで、気分はわくわく。
…妙齢(?)の女が、普通はそう思わないかもしれないんですがね(笑)。
綺堂の随筆に、この修善寺滞在記を簡単に書いたもの(読売新聞に掲載された「春の修善寺」)があるのですが、そこに「このいかにも暗い、寒い、すさまじい景色を窓から眺めながら運ばれてゆく私は、とても南の国に向かって旅をしているという、のびやかな気分になれなかった」と書かれています。
まさしくそんな寂しい景色を車窓から眺めつつ、40分くらいの旅は終わり、駅に着きました。
駅前は箱根にのぼる時の賑わいなど、微塵も感じられないほど静かで、また小雨が降ってきては奥ゆかしい雰囲気でした。
そこからバスに揺られて7分程、終点の修善寺温泉郷で下車。すると、漸く寂しかった景色は雲の間の晴れ間のように、観光客が消してくれたような感じです。
●修善寺の宿●
まずは、修善寺境内に入ったのですが、4時半を回ってしまい、お目当ての宝物館は閉まっていたので、明日の朝行こうと思い、お賽銭だけ入れて旅館に向かいました。
旅館に行く前に、伊豆最古の湯、弘法大師が開いたという「独鈷(とっこ)の湯」をバックに写真を撮りました。実際桂川という川沿いの露天なので、入っている人は滅多にいないだろう、と言われてたんですが、あにはからんや…裸のおっちゃんの後姿が見えました(笑)。お一人でしたけどね。
今夜の宿は新井旅館です。
旅館そのものが国の登録文化財になっているという建物で、庭園も渡り橋も全てが明治〜昭和初期のものです。私達が泊まったのは、「花の棟」というところです。二階でした。眼下には桂川が見え、朱塗りの桂橋がすぐ手前にあり、観光客の姿が窓から見えます。橋を渡ると向かいに「竹林の小径」があって、夏はゲンジボタルが飛び交う幻想的な光景になるそうですよ。
奇しくも、「花の棟」は岡本綺堂が宿泊した棟でした。「何も指定していないのに、これは何かの巡り合わせ」と、思わず一人喜んでました。しかも、綺堂は「秋の修善寺」という随筆で「六時、入浴。その途中に裏二階から見下ろすと…」と記しているので、恐らく同じ二階に宿泊していたのでは、と思われます。
私達も6時過ぎから入浴です。女性は野天風呂「木洩れ日の湯」の順でした。辺りは日もとっぷり暮れて、暗闇に包まれた中を、地下渡り廊下を伝って道路の向こうへ出て、漸く風呂場に着きました。
私が入る前に二、三の先客があったんですが、皆湯が「熱い」というのでそそくさと出てしまい、幸運にも一人になりました。
何か一人で野天風呂って、すごいリッチな気分でしょう。
しかも、空には雲もどこかへ消えて星が瞬いてます。その星か、はたまた梅ヶ枝の雪解けの滴かまごう間に、すっかり身体はあったまっていい気分です。当然ながら、天を仰いでの入浴です。
上がった時は、半ば湯中りしたかと思うほどぼーっとなってましたね。
ホンマ、こんなとこまで来て「部屋付きの風呂がいい」と言って出て行った人の気持ちが判らないです。
入浴後、食事は懐石でした。初春を感じる10品。冷酒で飲んだ地酒「菊源氏」(甘口・清酒)が気に入り、後に買って帰ります。醸造アルコールが少しでも入ったものは余り好きではないんですが、このお酒は結構気に入りました。全然酔わずに二合余りいけました。
うだうだ喋りながら二時間掛けて食べ、初日より元気があったので、家族風呂へ行きました。
その日は二度目の入浴を終えて、ぐっすり…。
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