DIAVOLOS
〜十二夜〜
第1夜 常闇
(5)
「知ってる人間じゃなかったのか」
「ええ。少なくとも私の講義には出ていなかったと思うわ。島崎って子」
ユマはマウスを動かした。プリンタが作動し始める。
「だが、気懸りだったので、後日調査した。いや、島崎の遺体を確認に行ったんだろ?」
ツトムは、ユマの言葉を先読みして言った。ユマは存外直に頷いた。不気味なところのある青年ではあるが、感情それよりも本題が優先だったからだ。
「その通りよ。島崎の担当教官だと言って、警察まで行ったわ」
遺体安置室で確認した島崎厚志の肉体は、外見上まったく自然死のように思われた。死化粧も施されており、生前と異なるだろうと思われるのは、失血でこけた頬の肉の窪みだけだった。
「殆ど同じよ。さっきの死体と。解剖の際に、腹腔や頭蓋に溜まっていた血液が、かなり出たらしいわ」
「・・・・・・・」
ツトムは、腕組みしたままデスクの横のソファに埋もれていた。
「――で?」
「で?って何よ。経緯はここまでよ」
「いきさつなんて適当でいいんだ。キミが何を疑問に思って遺体を見に行ったのかを、教えてくれ」
ツトムは、口元に揶揄めいた笑みを浮かべた。
「三つの『事件』に関して、オレは概要を聞いたに過ぎない。何も見ていない。見ていないことをどうこういうよりは、オレ自身で足跡を辿る方が手っ取り早いんだ。それよりも、キミがどういう理由から三つの『事件』を関連付けたのか、知りたいってこと」
ユマは、ツトムの顔を見詰め返した。
講義棟を出た時と形勢が逆転している、と感じたからだ。今時の大学生を相手にするような調子で話していたのだが、この男、やはり普通じゃない。
そう認識したのは、ジュンの屍を担いで行った時からだったか、それとももっと前だったのか。
海外生活が長かったユマにとって、こういう不遜な雰囲気の人間は初めてのタイプではないが、それでも与し易くない。
「拝み屋のくせに、って思ってるだろ?」
ツトムは平然とした顔付きで言った。ユマはふん、と鼻を軽く鳴らして笑った。
「まぁね。どうぞ」
と、ユマはデスクの端から灰皿を引き寄せ、ツトムに差し出した。ツトムの左膝が微妙に揺れているのを見たからだ。
遠慮なく、とツトムはタバコを取り出し、咥えた。
「共通項があるの。死んだ三人にはね」
ユマは首筋に掛かった自分の髪を撥ね上げた。
関西文科大学・文学部考古学研究室の関係者。それが、三人の共通事項だ。
「広田峰子が三回生。島崎厚志は四回生。坂口信太郎は、ドクターコースの一年。他にも共通のことがあるかも知れないけど、それはまだ未確認よ」
ユマは立ち上がって回転椅子を回した。背凭れに左をつく。ツトムはユマを見上げる形になった。身長は、高くない。だが、総て均整のとれた立ち姿と、エキセントリックな雰囲気がいかにも帰国子女っぽい。一言でいえば、ただのよくある美人だが、もっとアクが強い。アメコミに出てきそうなキャラクターだ。
「本当にそれだけかい」
ツトムが呟いた時だった。
コンコンコン。
せっかちなノック音が会話に割り込んで来た。ユマが振り向く暇も無く、ノックの主がドアを開けて入ってきた。
「よッ、真宮センセ、お久しぶり」
人懐こい顔の五代リキがユマの前で敬礼した。
「相変わらずの失礼ね。来客中なんだから」
ユマは慌ててパソコンをメニュー画面に戻した。
「そりゃ悪かった。すんません」
五代はユマの肩越しにツトムを見つけると、軽く会釈した。ツトムはタバコを唇から離して、軽く頭を下げた。
「今取り込み中なわけ。用件は早く済ませて頂戴」
ユマは眉根を吊り上げて五代に言った。
「いやァ、そういけずにしなさんな。仕事の話なんやから」
「仕事?もうあんまり雑誌やら学術情報誌とやらには原稿書かないようにしてるんだけど。今、他に書かなきゃならない論文もあることだし。入試やら定期試験やら忙しいのよね」
「はいはいはいはい」
五代は、さもわかってます、という風なゼスチュアを入れつつ、相槌を打った。
「ユマセンセのお忙しいのは承知の上で来てるんやないですか。ま、とにかく話聞くだけでも聞けって!」
「あのねえ、アナタ・・・」
ユマの言葉を遮って、ツトムが立ち上がった。灰皿に、ぎゅっと吸いかけのタバコが押しつけられる。
「失礼しますよ、オレ。六時までには教会に戻らないと。留守番なもんで」
「あ、ちょっと待ってよ・・・」
ツトムは、ドアのノブに手を掛けたまま、振り返った。
「何か変わったことがあったら教会まで電話してくれ。番号は知ってるだろ」
パタリ、とドアが閉まった。ユマと五代は、一瞬だけ顔を見合わせた。
「何なんや?あの葬式帰りみたいな男は」
ツトムが出て行って、ものの五秒も経たないうちに五代は素っ頓狂な声を上げて、ユマに詰め寄った。
「葬式帰り?」
ぷっ、とユマは口元を押さえた。
「せや。ノーネクタイの黒ずくめといえばな。しっかし、なかなか男前やったな。ちょっと日本人離れしたっちゅうか、ヒネた感じやけど――ユマちゃん、シュミ変わった?」
「何アホなこと言うてんの」
ユマの口から、関西弁がぽろりと出た。
「確かに葬式帰りってのは言い得て妙だけど、彼は拝み屋よ」
ユマはブラインドの隙間に指を入れた。ぺこりと窪んだプラスティックの間から薄暗い空が見えた。ポプラの樹の下を黒いオートバイが走り出したのが、僅かに見えた。
「拝み屋?胡散臭いなぁ」
五代は鼻を摘んでニヤニヤ笑いを浮かべた。ユマが睨め付けた。
「アナタには関係ない話よ」
自分の方が胡散臭いくせに、とユマは呟いてブラインドから指を離した。デスクの上の灰皿に吸殻が残されている。それだけのことだが、何かしら意味があるようにも見えてきた。
「相変わらずつっけんどんやな、キミは。男にはまったく興味もないか」
五代は言った。ユマは、視線をかわしてソファに座る。
「そう避けいでもええやろ。新進気鋭、才色兼備の文化人類学者真宮ユマ先生。もう世間の物珍しさも下火になったやないか」
「私は周りが言うほどお利巧でもないし、変人でも美人でもないわ」
ユマは、苛々しながら五代を見た。旧い付き合いといえば付き合いであるし、嫌いなら顔を合わす必要も無いのだが、どうもこの男には深入りする気は湧かない。
趣味じゃない。それ以前の問題だ。とはいえ、何処と無く憎めない男だ。
見た目はいま一つぱりっとしない服装のセンスといい、長髪に無精髭といい、本来ならこういうタイプが大学の教員に多いのだろう。とても伊達男ではないのだが、それでいて意外にモテるというのだから、人間は何処に魅力があるのか、上辺だけでは判らないものである。
「そころで、最近ケイはどうしてんの?」
五代の口から、不意に弟の名前が出たので、ユマは内心ドキリとした。
「さぁね、よく判んないわ。滅多と会わないから」
ユマは抑揚の無い答え方をした。
「アナタの方が知ってるんじゃないの?」
「此の頃あんまりな。せやから聞いてるんや」
そう、とユマは気の無い返事を返しただけだった。
「コミュニケーション不足云々やないが、そもそも姉弟やのにわざわざ別に暮らしてんのは奇妙やで。京都と大阪みたく目と鼻の先なんやから」
「池田に住んでて、毎日毎日ここまで通うのは不便だわ。仕事になんないわ」
「贅沢な。第一、そういう問題やない・・・」
次の句を言いかけて、五代は自ら口を噤んだ。これ以上ユマを不機嫌にさせても、何の得もない。それは、ユマの憮然とした表情が物語っていた。
「それで、拝み屋を帰らせてもしたいって話は、一体何なの?」
「ああ、そうなんや」
思い出したかのように、五代はぽん、と手を打った。
(つづく) →(6)へ