| ラ・ターシュ 何処からか、フラメンコ・ギターの練習をする音が聞こえる。遠くない。すぐ近くだ。時々途切れる。弦をポロポロとトレモロのように弾いて、じきに和音が崩れていく。 「聞こえてる?」 彼女はくぐもったハスキーな声で言った。 「ギターの音。ファルーカ(小さ歌)。ヘタくそだな」 「違うわョ。いうなれば愛の音」 『男の愛は海より深く、女の愛は海より広い』 と言ったのは誰だったか。 「そんな戯言を思いつくのはアナタ以外にいないけど」 あっさりと彼女は応えた。背中に届く滝のような淫靡な黒髪を一払いした時に、ねっとりと絡みつく長い尾を持った獣の香りがした。蜂蜜色の肌膚に浮いた汗が、溶けたロザリオになってオレの平らな胸に流れ落ちて来た。 「そうじゃなくて。アナタが私の中に入る音よ」 彼女はまるで関節がないみたいに、尻を流れるように揺すり立てて、オレのナニを蕩かすように咥え込んでいる。オレとしては、ギターのリズムが気になって仕方ないのだが、彼女はお構いなしに思うがままに二枚の貪欲な唇が謳う自分の旋律で、オレの唯一無二の弱点を攻撃し続けていた。畜生め。理性を食い尽くす悪魔のような真赤に充血した二枚貝。 上下動とともに揺れ動く見事な紡錘型の乳房は、きつく握り締めると他愛無く夏の果実のように撓んで潰れてしまう。噴出す果汁で目が滲みそうだ。 だがその動くにまかせて見ていると、『ブラヴォ』と叫んでいるオペラの観衆のようにリズミカルで弾力を感じる。 「ううーん」 これはオレの声。畜生め。 それよりも、目を半開きにしてありとあらゆる柔らかいモノに爪を立て、肉食獣のように唸る彼女のアノ声が真昼間の白い街中に洩れ聴こえる方が刺激的だ。 「喉が渇いたわ」 というので、オレと彼女は繋がったまま器用に寝台から降りる。 昨夜開けたばかりの[ラ・ターシュ]は、ただ温くて水っぽかった。だが、濃厚な香りはいつしか昇る朝日に引かれて噎せ返るようなジビエ(獣臭)を辺り構わず発散していた。何度飲んでも、宿酔いでも惹かれる本物の香りだ。 たかがリトル・イタリー育ちのオレが[ラ・ターシュ]を語れるようになる世の中なんて、何ほどの事も無い。 やや時代遅れなバルン型のブルゴーニュグラスを左手に、彼女は窓枠に右手を載せた。両開きの窓は全開で、此処は四階だ。 ギターの音は真向かいからだった。音が途切れるのは、弦を抑える左指の動きが正しいかどうかに気を取られてしまうからだ。運指を見てはいけない。このファルーカはAm E7 Dmの三つの和音しかない。しかも、右手は@(人差し指)だけだ。 漸く続きはじめた楽曲に耳を澄ませながら、オレは彼女を背後から思う存分ざっくり侵潤した。 「ああーん」 オレは鼻に掛かったような低い嬌声を出させる作業に専念する。どうも、ある意味その為だけにセックスしているような。ブルーフィルムの女が出す悲鳴に似た甲高い声ではなく、腹の底から突き上げるようなよがり声が欲しくて。 あんまり動いたので、ブルゴーニュグラスから赤い液体が零れた。音もなく階下に滴った液体は、死骸のない死の残滓のように薄く散った。 オレは、すっかり煉れた彼女の中に自分の抜き身が出入りするのを観察するので忙しかった。見事に反り返った固い尻の上に出来る笑窪に、汗が溜まっている。 汗は背中を伝い、彼女の筋肉質で長い両腿の間から這い出してきたフリーラン果汁と混じってぺルノーのように白濁し、粘度も薄く容易に床へとだらだら流れ落ちる。正直言って、眩暈しそうなほど強い生理的なニオイがする。オレは嫌いじゃないんだが、このニオイ。 「ねぇ……」 喘ぎ声の合間に、彼女が乱れた目線で問い掛けた。 ふと顔を上げると、向かいの窓が開いていた。オレは少年の黒瞳と目が合った。 きっと、オレは知らず知らずのうちに薄い笑みでも浮かべていたのだろう。少年はクラシック・ギターを抱えたまま茫然と、ある意味慄きの入り混じった表情でオレの顔を見つめていた。 ギターの奏でる音調は、一瞬陰転して途切れかけたが、辛うじてか細い音色を響かせていた。一瞬、へなちょこな音に萎えそうになった。 「もっと上からして」 オレは言う通りに、四つ足の獣がするみたいに殆ど彼女の背中に乗った。こうすると当たり処がいいらしいが、オレもキモチいい。 一段としゃがれたような低い甘い声で、彼女は鳴いた。自ら快楽を発掘する暇も与えられず、オレの細いが強靭な腰に押し戻されつ。 少年の奏でるギターは止まなかった。否、旋律は先程のような曖昧さを脱ぎ捨て、たまに掻痒感を思わせる音が混じるものの、流暢に激しく続いていた。 「あっあっ…はっはっ」 同じ旋律の繰り返し。だが、ループする音律の度に力強さは増していった。勢いのよいダウンストロークは、カスタネットのように鋭く響く粘膜同士の摩擦音と共に。 少年の双眸は運指を見ていない。オレと彼女の白昼ファックに釘付けだ。オレは少年を見ている。彼女は零れた[ラ・ターシュ]の行方を追うかのように、壊れた振り子時計さながら狂ったように首を振る。 そう、マスを掻く時に自分の指の動きなんかわざわざ見ない。それと同じでギターを弾く時に指の動きを見ちゃいけない、と昔オレは教わった。今は殆ど弾くことはないが。女を弾くので精一杯だから。 少年は黒い瞳を潤ませて、紅潮した頬でオレを見ていた。 ギターは嘘を吐かない。弾き手の感情に忠実だ。だが、女は嘘を吐く。幾ら頑張ってもダメな時は嘘の声で歌う。それが思いやりかどうかなんてどうでもいい。オレは真実が聴きたい。 「ああ。あああ、ああ、いい。いきそう」 今のオレは本物の声を紡いでいるか。 オレは少年を見ている。じりじりと睾丸が上がってきた。昨晩から何度目かの限界が近付いている。畜生め。一昨夜、ホモのおっさんに噛まれたところが擦れて、痛い。オレのちんぽは、嬉しいような苦しいような悲鳴をキシキシとあげている。 少年も何だか半泣きのような顔になって、あどけなさを残した面立ちが歪んでいた。もっとしっかりこっちを見てろよ。 やめるなよ。弦が切れるまで。オレももう少し我慢するからさ。 【ラ・ターシュの解説へ】 [19話へ戻る] [21話へ進む] |