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 ソライア

 じっとりと肌を焦がす嫉妬深い太陽が、笑っている。白い丸テーブルの上には、健康的な暗褐色の液体を入れたグラスが二つ。黄色い光を反射して液面が揺れていた。
 アルコールも置いているオープンカフェの、人影はまばらだ。遠くの市場でマリアッチの歌声が聞こえる。
「オレの事愛してるのか?」
「アホらしい」
 私は吐き捨てるように応(いら)えた。面を上げて薄目で見ると、四角柱のような顔が真正面にあった。厚い唇から洩れる吐息から微かに葉巻のいい香りがした。
「うるせえんだよ、このアマはよ」
「フン。仕事の邪魔しないで頂戴。大体笑っちゃうわョ、そのツラで『愛してるのか?』なんて、ねぇ?どうよ」
 私は脇腹を押えかけたところで、違和感を覚えた。男の手が膝を探っていた。皮膚と一体化したようにぴったりとした黒いガーターストッキングの感触を愉しんでいる。
「ツラは関係ないだろォ。人間真心だ」
 と、四角柱は言った。単純に醜男というよりは、厳ついが愛嬌のある顔だ。ゴリラのような肉体に、これまたジャガイモとコンビーフしか食べてないような人種特有の顔が載っている。
 いい年こいて何を言い出すのか薄らボケ中年め、と頭がくらくらした。
 だが、私自身それどころでなくなってきた。
 腿の内側に侵入した五本の手指が、自在に動いている。長くて、まるでキャンデー掴み選手権で優勝する為だけに造られたようなしなやかで骨張った指が、腿の付け根、草叢の生え際を行ったり来たりしている。
 私はまったく下着をつけない主義だ。
 だから、短く切り揃えられ、丸く整えられた爪が心地良い。強(こわ)い爪の男は嫌いだ。
 私は平静を保つ為に、グラスに手を伸ばした。赤褐色の液体はすっかり温くなってしまっていたが、その分タンニンの収斂性が溶けて柔らかく感じられた。『太陽』と『大地』の名前を併せ持つトスカーナのワイン。
「そういう言い方をするのがアナタの真心なの?」
 問わず語りに私は聞いた。既に、ペンを握る行為そのものにもどかしさを感じていた。上の空、の一歩手前くらいに。
 テーブルの上と下では別世界、としか言いようがない。
 私のソコは多分、このオープンカフェに座る前からずっと疼いていた。その微妙に女の自尊心を擽る眼差しが、私を捉えた時に。長い指が浅い色の前髪を掻き分ける所作に、ソコがこそばゆくなった。控えめな甘い体臭と乾いた汗の匂いに鳥肌が立った。
 だから今更、そんな直接的な愛撫に意味があるのかと訝ったものだ。
 だが、思惑とは裏腹に開いていく局部は、やはり私を支配している。
 『子宮感覚』だとほざくウザイ女には判るまい。私は子宮の手前のおまんこに左右される、どうしようもない淫乱だ。
 現にこうして、ボスに送る為の報告書を書いている時でさえ、大股開いて潮みたいな汁を滴らせているバカ女。
「どうやらそうらしいな」
 もう一つのグラスが初めて動いた。彼は左手で掲げたグラスを太陽光に透かし、とろとろとグラス内部を巡る血のような石榴水のような液体の粘性を確かめた。透明なカーヴを描く空間に閉じ込められた誘惑の赤い涙が揺れる。
 音もなく馥郁たるアロマとブーケを鼻腔に入れる横顔に、悪魔的に美しい微かな笑みが浮かんだ。有り体に言えば、母性本能を直撃するような。
 その間も間断なく彼の右手中指と人差し指は、私の内臓に埋もれて掻き回している。音もなく静かにテーブルの下で為される、しなやかな狼藉。長い指の先はこりこりした深部の一点、つまり子宮口に到達しているのだが、それよりも指の付け根がクリトリスに当たる度に、下腹がうぞうぞした。
「まだ閉じた香り。やや塩分と鉄分を感じる。オイリーな舌触りが若々しい、といったところかな」
 彼はグラス半分ほど飲み干した後で、私の方を向くとにんまりと笑った。
「あのなぁ、いい加減無視すんじゃねえよ!お前ら!」
 ドスの効いた四角柱の男の声が現実に引き戻す。唾が飛んで彼のグラスに入ったのを、私は見逃さなかった。
「なぁ〜」
 と、次に四角柱の分厚い唇から出たのは、おぞましいを通り越して奇っ怪に愛くるしい猫撫で声だった。
「ホントにオレの事愛してる?」
「ほざけ、万年インポのカメムシ野郎」
 彼はすっくと立ち上がった。つられて私も立ち上がった。いや、だってそうしないと指が離れるじゃない。不自然に膨らんだタイトスカートの前が気になるのは別として。
「万年インポだなんて、あんまりな言い方だよう」
「事実じゃないのか?泥酔したオレのナニを咥えやがって。しかも噛み跡つけただろ!痛いんだよ、今も。そのくせ、あんたイケなかったし」
 もう私が口を差し挟む余地もない。勝手に男同士で、痴話喧嘩でもファックでもしてればいい。と、思いきや、はずれ掛けた指が、またしたたかに私の蜜壺に滑り込んだ。今度こそ、至高の快楽点を責める指の動きに、私は建設的な事は何も考えられなくなる。
「誰がおっさんの小汚いケツなんか突けるか」
「ヒドイっ。やっぱりあの言葉は酔った勢いのタワゴトだったのね?」
 四角柱のおっさんが、堪えかねてオネエ言葉を発した。
「タワゴトかどうか、知りたきゃそれなりの手続きは踏んで頂きたいね」
 と、彼はグラスをテーブルに置き、自然な動きで[ソライア]のボトルを引き寄せた。唾が入ったグラスと私のグラスに平等に、液体をどぼどぼと九分目ほどまで継ぎ足した。
 彼の右手が離れ、唾入りのグラスを四角柱の男に差し出す。
「取り敢えず、乾杯。話はそれからだぜ」
 差し出されたグラスを受け取ろうとして、四角柱の男は急に顔をうっ、と顰めた。彼は容赦なく、右手中指を四角柱のでっかい鼻の穴に突っ込んだ。
「ううーっ。それだけは勘弁して。うえええっっ」
 四角柱は顔面蒼白になり、涙目で嗚咽しながら後退った。そうして、オーダーしたミントジュレップもまだ来ていないのに、わんわん泣きながら店を飛び出して行った。
「何なの?アレ。ていうか、アナタ」
「うん」
 彼は、私の愛液でべっとり濡れ光る右手を掲げた。
「ヴァンパイアにはニンニク。真性ホモにはラブジュースだと思って。それにしてもホントに効いたとはなァ」
 彼はまた弄うような笑みを浮かべて、自分の右手中指をしゃぶった。
「芳醇な香り。いわゆるジビエ(獣臭)。切れのいい強い酸味。塩分と鉄分のニュアンス。まだまだ熟成する感じ」
「……バカ」
 私はその右手首を掴んで、仕事の束を抱えると、彼を引き摺りながら席を離れた。太陽は燦々と輝いているが、こうなったら、その噛まれたちんぽとやらが血を噴くまで搾り取ってやる。
 女をダシにしやがって。中途半端に女の身体を刺激して捨て置くつもりか。いつでも何でも、暴力と怒張したちんぽで解決出来ると思ってるバカな生き物ども。
 でも、そういう男のバカバカしさが憎めない。私が単なるちんぽ好きなのかもしれない。『太陽』と『大地』みたいに切っても切り離せない。どっちが『太陽』か『大地』なのかは判らないけれど。
 


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[20話へ続く]

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