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キャンティ クラシコ リゼルヴァ ヴィーニャ デル ソルボ フォントディ 1997

 「真夏に赤ワインを飲むのは、あたかも熱い緑茶を飲むに等しい逆行感があってあなたらしい」
と、真希子は言った。私は彼女の愛くるしく涼しげな黒い瞳を見詰め返しながら、これがシャトー・マルゴーでないことを揶揄しているのか?と尋ね返した。
 シャトー・マルゴーは1997年、ある不倫にある男女関係を描いた有名なドラマで一躍日本人の誰もが知るところとなったボルドー・メドック第一級のシャトーワインだ。
 マルゴーはまた文豪ヘミングウェイの愛したワインでもあった、と私が言うと真希子は「愛するあまりに娘にワインの名前を付けた。でも、あいにく女優になった娘は自殺してしまったわ」と言った。「あのドラマでも青酸カリをあおるために飲んだんでしょう?」
 ボルドーの女王マルゴーには、死の香りが付き纏う。そんな陰気なワインは私は嫌いだ。恋は楽しくなければ。

 チェスを覚えたのは十七歳の夏だった。
 避暑地のアルバイトで私は高原の別荘地の芝刈りをやった。金のない学生の、夏休みに集中して稼げる一時なのだ。
 その別荘のご主人は数学者で、奥さんと子供と三人で二週間ばかりの滞在をする予定だった。私はその別荘には新参者で、東京の私立高校に通っていてご主人の大学を目指しているというと、奥さんは快く私にいろいろなことを教えてくれた。
 ご主人は、日中は釣り仲間と出掛けてしまい、子供はまだ幼くて殆ど眠っているので私は自然と奥さんの相手を任される。
 就中(なかんずく)、熱心に教わったのはチェスだった。チェスそのものの規則性は、将棋をしっている私にとっては容易いものだった。しかし、何が楽しいといって奥さんと二人きりでゲームに興ずる事が出来るのが楽しいのだ。
 三日も通わないうちに私は奥さんを負かすようになり、「数学の才能があるのね」と褒められた。何だか、プロの数学者であるご主人に勝ったような気分になり、ニキビ面の少年としては自負心をくすぐられて心地良かった。
 何より、私は奥さんの涼やかな容姿と物腰が好もしかった。
 私は毎日芝刈りの後で日が暮れるまで、奥さんのチェス相手に通い詰めた。最後の芝刈りの日、私は奥さんがダイニングキッチンで晩餐の支度をしているのを見た。テーブルにワインボトルが載っていた。大振りのグラスが二客あり、わずかな知識でそれが赤ワイン用のものだと知った。夏に赤ワインを飲む、という発想が当時の私には物珍しく、鮮明に覚えている。銘柄は「キャンティ」とだけ読めた。どうやらイタリア・トスカーナ州のものらしいと知ったのは、東京に戻ってからだった。
 チェスの途中で掛かってきた電話に出た奥さんの後姿が、何故か微妙に震えていたのも記憶に新しい。もう二十三年も前のことなのだが。
 その翌年、私は受験勉強でアルバイトには行けなかったが、後輩から噂を聞いた。あの別荘のご主人はあの時既に助手の女性と不倫関係になっていて、奥さんはそれがもとでかどうか判らないが病気になり、若くして亡くなったのだと。

 私はその後志望大学に入り、今はその大学の数学科で教鞭を取っている。不惑になろうというのに、まだ大学院生のように見られるが、恐らくは夫婦の間に子供がいないからだろう。学生と交わっていると気分的には若いものだ。
 真希子は今年私のゼミに入ってきた大学院生だ。他大学からの編入だが、成績優秀で素直な美しい女性だった。しかし何より、私は大学院入試の面接で驚いた。
 真希子は二十三年前の奥さんに生き写しだった。
 だが、真希子は知らない。私と人目を忍ぶような関係になってからも、あの時の奥さんの娘だと私が気付いていることなんて。
 そうして、何故私がキャンティ・クラシコ・リゼルヴァをオーダーしたかということも。



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