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ダックホーン・ソーヴィニヨンブラン 2001




 あの人が置いて行ったワイングラス。
 新婚旅行で行ったロレーヌ地方のバカラのアルクールっていうのよ。
 忘れもしない雨の六月だった。結婚記念日のお祝いに、ワインを買ったの。カリフォルニアワインだったわ。そう高くはない白の辛口。あの人は赤ワインが苦手だったから。

「それから?」

 思いつかなかったの。料理にどんなワインが合うのか。でも、ディスプレイを見ているうちにどうしてもその「ダックホーン・ソーヴィニヨンブラン」ていうワインが欲しくなったの。
 あの人が好きだったのはローストビーフだから、それだけは用意したわ。

「そう。美味しいと言ってくれた?」

 美味しく無さそうに美味しい、と一言だけ。
 それからあの人は「話があるんだ」と言ったの。死んだ魚のような目をしてね。

「離婚の申し出を」

 それで、あの人は出て行くつもりだったみたい。自分の印鑑を押した離婚届一枚残して。

「あなたは酔っていましたか?ご主人は?」

 さぁ…二口ほどしか飲んでないわ。あの人はまったく口を付けていなかったわ。一口もね。香りさえ嗅がなかった。仄かに酸味のある、甘いブドウの香りがとても良かったのに。
 「どうして飲まないの?」って訊いたら、こう言ったのよ。
 「俺は赤ワインが好きだ。第一、肉料理に白ワインなんて常識ハズレもいいとこだよ」

「あなたは離婚届に印鑑を押すつもりはない。それで、私の法律事務所へ来られたと」

 ええ。
 ……せめて一口くらいは飲んで欲しかったわ。
 肉料理には赤ワインだなんて、そのくらいは知ってるもの。
 でも、少しは判っていても違うものを選んだ私の気持ちを考えて欲しかったわね。

「ワインは捨てたのですか?」

 捨てようとしたら、勿体無いって言って瓶を取り上げようとするから。
 私が選んだものを否定した癖に捨てさせてもくれないから。
 あの人は「イタイ、ヤメロよ」って何度も言ったわ。煩いから何度も殴ったわ。瓶の底で。ワインの瓶って意外に丈夫なのね。
 何回くらい殴ったかしら。黙るまで時間が掛かったけど。でも、あの人が満足すると黙る性分なのはよく知ってる。
……それにしては、目を剥いて恨みがましい顔してたけどね。ウフフ。

【ダックホーン・ソーヴィニヨンブランの解説へ】



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