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番外編競作 その花の名前は 参加作品

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 東風五烈傳 番外編

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牡丹公主

ミツルギ サヤト

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 おや。若い男の花売りなんて珍しいね。
 しかし、何だか顔色が悪いようだ。脚気か労咳(ろうがい)か?…ああ、そんなんじゃなくてもっと艶っぽい事情か。要らぬ御世話だったな。
 
 私のなりこそ珍しいって?此処は揚州[上海]だが、京師(みやこ)じゃ赤髪碧眼など珍しくもないさ。只の破落戸(ごろつき)だよ。この琉璃の腕輪が欲しいなら、あんたの持ってる極上の花と交換だ。
 そうそう、その籠の陰にある布を被せたのを。
 
 ―え?売り物じゃないって言うのか、この期に及んで。
 …仕方ないなぁ。じゃあ、要らない。理由ありなんだろ。
 要らないって。無理に他の花を押し付けられてもなぁ。

 そういや、去年に開封[鄭州]で会った花売りの爺さんもあんたみたいに花を押し売りしてきたんだよ。あんた親戚か?
 何か胡散臭い道士みたいな格好した爺さんだったけど、似てはいないな。
 
 なに、爺さんの話を聞きたい?
 別にどってことはない話なんだが、是非にというなら。
 …いや、私が無理に話したいっていうわけでもないんだがな。
 その前に私の名前を聞きたいって?私の名前は高輝鴻(コウ フェイホン)。高[仙芝]都護【注1】の高だよ。



 蒸し暑い日で、酸梅湯(スゥアンメイタン)を幾ら飲んでも喉の渇きは癒されなかった。殊に内陸の開封では、長雨の後は鬱蒼と街が歪むほど暑かった。
 夕涼みがてらに、私は酒肆(のみや)に行こうと宿を出た。なに、懐は乏しいが琵琶を掻き鳴らせば、ただ酒は幾らでも飲める。
 焼餅(シャオピン)売りの香ばしい匂いだの、白酒(パイチュウ)の香りに鼻を膨らませながら通りを歩いていると、不意に呼び止められた。
 振り返って漸く、足元に爺さんが小さく蹲っているのを知った。
「貴公は、南へ行こうとしておられるのう」
 爺さんは、やにわに言った。
「あてずっぽうで先見料を戴こうというのかい?生憎、行き先はどっちでも構わないんだ。当たっても外れてもいない」
「それなら兄さん、暫し時間を頂けるかの?わしはちょいと変わった花を知っていての。水を遣らなくてもいいんじゃ」
「へえ」
「花にも魂が宿っておるのじゃよ。そいつが客を呼ぶんでね。例えば、今この花が兄さんを呼んだようにの」
 爺さんは、小鉢に植わった緋牡丹を私に差し出した。大きく開花した幾重もの花弁からは、馥郁たる香りが舞う。
「立派な緋牡丹だ。さぞかし名人の手に拠るものなんだろうな」
 私は遠まわしに遠慮するつもりで言ったのだが、爺さんは全く意に介せずくしゃっと顔に皺を寄せて手を振った。
「いやぁ、金子(きんす)は頂くまい。花は、花が気に入った人の手元に置かれるのが幸せなんじゃで、銭など」
「そうかい。そんなら頂くよ」
 私は、爺さんの言葉通りに無銭で牡丹を貰い受けると、飲みに行くのはやめて宿へ戻った。

 夜更けに寝苦しさで目が覚めた。ふと寐台(ねだい)から手を伸ばすと、何やら生温かいものが触れたので慌てて起きた。
 すると、寐台の前に女がひっそりと立っていた。
 まさか幽霊じゃあるまいし。しかし、顔はよく見えないが、幽霊にしては艶っぽい女だ。
「今宵は妾(わたし)を見初めて戴いて恭悦ですわ。せめてもの御礼にと、こういう姿で参りましたの」
 私に向かって秋波(ながしめ)を送りつつ、女はか細い声で言った。
「そういうことなら、遠慮は要らない。さ、此方へ」
 と、まぁなるようになる。早い話が雲雨【注2】の契りだ。相手は牡丹の精ときては、もの珍しさもあって、一晩楽しんだが、朝になって女の姿が消えると、遣る瀬無い溜息が出た。水を遣らなくてもいいには違いないが、別の水をたっぷりと遣らねばならぬ。
「思ったよりも大味で、何もしない女だったなぁ」
 一仕事終えた日暮れ、私はまたあの通りへ向かった。
「おや。どうかしなすったか、兄さん」
「この牡丹はお返しする。どうも相性が今ひとつでね」
「そうか、そうか」
 爺さんは唯々諾々と、私の申し出を承知した。そうして、今度は同じように大輪の白牡丹の小鉢を譲ってくれた。
 果たして、その晩も女は現れた。
 だが、昨夜の女とは違っていた。
「今宵は妾(わたし)を見初めて戴いて恭悦ですわ。せめてもの御礼にと、こういう姿で参りましたの」
 全く同じ事を同じようにしなを作りながら言う。しかし、今宵の女は昨晩の柳腰とは打って変わって豊満過ぎるくらいの抱き心地。
 やがて朝になって女が掻き消えると、私はまた嘆息を吐いた。
「味はいいんだが、肌触りがどうもなぁ。暑苦し過ぎる」
 また一仕事終えた日暮れ、私は通りに向かった。
 爺さんはやはり一昨日、昨日と同じ処に座っていて、私に従容と顔を綻ばせた。
「おや。またどうかしなすったか、兄さん」
「この牡丹もお返しする。やはり相性が今ひとつでね」
「そうか、そうか」
 爺さんは、今度は見たこともない黒い牡丹の鉢植えを私に差し出した。まるで胡蝶の羽のような光沢のある花弁が珍奇なことこの上なく、珠のごとき露を弾いていた。
 果たして、その晩も女は現れた。
 昨晩、一昨晩の女とも違い、今宵の牡丹の精は実に静かで淑やか。私が手招きしても、いっかな房子(へや)の隅から動こうとしない。やれやれ、今夜は花の香りだけを愉しんで眠りに就くか、と決め込んだ時、女は漸う伏目勝ちに隠していた口元を動かした。
「…お側へ行っても宜しいかしら?」
「勿論だとも」
 私は今まで琵琶を掻き抱いていた腕を広げた。女は私の胸にしな垂れかかって、大きく息を吐いた。
「ああ、何という巡り合せ。貴方のような御方にいま一度(ひとたび)巡りあえるだなんて」
「いま一度?」
 女はやにわにきっと目を据えて、私を睨み付けた。今にも袷(あわせ)の胸倉を掴もうといわんばかりの勢いで。
「すっかり、お忘れになっておいででしたのね。秋の扇のように妾をお捨てになったでしょう?」
 私は面食らったが、それでもそのうち女の顔を見ていると思い出してきた。
 そういえば、その半年前に福州で一夜の契りを交わした女だ。器量は大したことないが、情の深い風情だった。
 しかし、はてよくある事だが名前も思い出せない。何かその場を逃れるよい手立てはないものか、と思案する間も、女は滔滔と寄せる波のように愁嘆を繰り返すばかり。
「さぞかし貴方は数多の花を愛でてらっしゃるのでしょうけれど、私は一つ処で貴方を待つ以外に縁(よすが)はないのです」
「いや。だが、そなたが牡丹の精だとは思いも寄らなかった。わかっておれば、そなたを私の信頼出来る縁者に預けられたものの。…私はしがない旅人風情。旅に枕するゆえに、危険な道中そなたを抱えて行くわけにはいかない」
 そう言って、私は女の身体を引き離した。
「せめて、今宵は明け方まで起きていて、そなたが可憐な牡丹に戻る様を見ていてはいけないだろうか?」
 女の顔色が蒼褪めた。みるみるうろたえる様が手に取るように判る。尤も、私は女が牡丹の精だなどと謀って恨み言を言いに現れたのだというのを逆手に取ったまでだがね。

 それからどうしたかって?
 女は泣きながら、帳の後に隠した黒牡丹もそのままに逃げ去ったとも。さて、前の二人の女も花精だかどうだか。しかし、爺さんは女衒(ぜげん)に間違いないよ。
 黒牡丹?
 さぁ。行きずりの行商人にやったかな。もう忘れたよ、一年も前の事なのでね。

 何か可笑しいかい?

 え。花をくれる気になったってのか。そんなら仕方ない、腕輪と交換だ。
 おや。この黒い牡丹は…。
 「あの時は違う女がしゃしゃり出て来て、出るに出られなかった。どうしても高公子[高さん]の事が忘れられなくて、幾人の手を経て戻って来たらしい」だって?ハハハ。
 幾年月を経て花精となった花にには水を遣らなくていいが、その代わり腎水を抜かれて骨抜きにされて仕舞うのだというが。
 そういう訳で、早く手放したい?
 そいつは私も勘弁して欲しいよ。
 おい。おい。腕輪を返せって。何処へ行くんだ。花は要らないからな。
 私を謀ると承知しないぞ、おい。







【注】

1.高仙芝(こう せんし)…中国の唐代玄宗皇帝の時の高句麗出身の節度使。 小勃律(北インド、カシミール北部)と結んだ吐蕃のパミール高原への進出による東西交易 ルートの遮断に対して、747年に小勃律国を討った。 750年には石国(タシケント)を討つが、その際の殺戮と略奪は周辺諸国の強い反発を招き、 唐軍を嫌った周辺諸国はアッバース朝イスラム帝国に救援を求めた。 翌年高仙芝はこれをタラス河畔(いまのキルギス共和国北西部)に迎え撃ったが大敗した。 安禄山の乱のとき、長安・洛陽間最大の要衝である潼関(どうかん)を守備して 安禄山軍の西方進出を阻止したが、讒言(ざんげん)にあって陣中で処刑された。美丈夫だったという。

2.雲雨(うんう)…男女が深い仲になることをいう。昔、楚の国王の枕元に巫山の神女が降り立ち、交歓を交わしたという故事にちなむ。神女が別れ際に「朝には雲になり夕べには雨になって会いに参ります」と楚王に言ったことから。

FIN


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短編

  牡丹公主

 ミツルギ サヤト

番外編紹介:

剣客・高輝鴻は、揚州(上海)で花売りの青年に呼び止められた。琉璃の腕輪と交換に極上の花をもとめた輝鴻は、不思議な牡丹の精の話を青年にし始めた。

 

注意事項:

年齢制限なし

(本編連載中)

(暴力表現あり)

◇ ◇ ◇

本編:

東風五烈傳

サイト名:

電脳都市BAKERATTA

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