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あらせいとう


 気がついたら、彼は。
 彼女の顔を、真正面から――じっと、覗き込んでいた。

 今は放課後、ここは部室。
 彼女――梅星塁は、メモを読み返す視線をつと止めた。すっと顎を上げ、頬杖をついている彼に向けて言う。
「何ですの、沢松?」
 名を呼ばれ、その後輩は慌てて頬杖を下ろし、しゃんと背筋を伸ばした。今更遅いが、どことなく白々しい調子で言い繕う。
「いやあ? 何でもないっスよ」
 ふいっと反らす視線がとにかく芝居臭く、何か苛々した。彼女は視界の端にちらつく髪をかきあげながら、微かに眉根を寄せる。
「記事をお進めなさいな、沢松(急)」
 その言葉に気の無い返事をしながら、シャープペンを数回ノックして手に取る沢松。梅星はまたメモに視線を落とし、頭の中で文を組み立てる。おおかたの構想ができたら次は下書き。具体的な文、そして判りやすい文を――。
 軽く唇をなめてまたペンを走らせる梅星に、沢松の気の無い声が掛かった。
「梅さんってさ」
「何ですの?」
 紙の上に走り書きされる崩れた文字を追いながら、間髪入れず言う。
「いやまあ、大したこっちゃないんっすけど」
「ならあとになさいな」
 記事の配置と大きさに合う文であるかも問題だが、気にしてはいなかった。伊達にキャップをやってはいない。経験上の無意識で調整できる。
「いえ、やっぱ今言いたいかもしれない」
「どっちですの」
 2人の会話にはかなり間があったが、沢松はともかく梅星の預かり知るところではなかった。熱中・集中するものがあるとき、ないとき、人の時間の物差しは常に伸び縮みする。どちらが伸びていてどちらが縮んでいるかは言うまでもなく。
「こっちっす」
「どっちか判りませんわ」
 字面だけで会話しているようなもので、梅星はもはや半分聞き流していた。
「……まあ、今話したいなと」
「そうですの」
 ペンが滑る灰色がかった安物の紙が、梅星の視界を占領している。下敷きとペンと紙が織り成す無機質で奇妙な音が、2人の会話を支配する。
 要するに沈黙。
 それも片方にしか気づかれない、きわめて不平等な沈黙だ。
「えーっとっすね」
「ええ」
 梅星が少しでも沢松を……まあ、野球部員の1割の丁重さで扱っていたら、視線をちらりとでもよこしていただろうし、そうなれば沢松がまたこちらを凝視していることにも気づき、怪訝な思いを強めたに違いなかったが。
 あいにく、彼女は目線すら上げていない。もとより、よそみしながら字は書けまい。
「梅さんって」
 半ばまで差しかかっている。構想は最後まで出来た。まとめすぎたか、数行余りそうだ。どこかに試合場の描写を短く入れるか――それともいっそ写真を大きくするか。
 一瞬考え込み、手が止まる。
 その音の切れ目を狙ったかのように言ってしまったものだから、沢松の言葉は無意味なほどはっきり響いた。

「マジきれいっすよね」

 『対峙する1年軍と2・3年連合軍の間には』の部分を思いっきり場違いな黒線が横切った。
 無論、机に突っ伏した彼女の手が自動書記状態で引いたもの。
 顔が勢いよく机に激突し、サングラスがごちっと音を立てた。
「……うわー。大丈夫っすか梅さん」
 呆れきった声が彼女を気遣うが、無論それに応える余裕など無く。
「なっ……」
 梅星はむっくりと顔を上げた。
 サングラスは割れていないようだ。不幸中の幸いだった。いや、不幸だと決めつけるのはあまりにも哀れかもしれないが。
「い、いいいいきなり何をぬかしますの沢松(狼狽)」
「いや、ぬかすって……」
 予想外に刺々しい反応からか額に汗し、沢松は後ろ頭を掻く。
「何をも何も、そのままっすけど……いや何怒ってんすか梅さん?!」
 無言のまま肩を強張らせる梅星の鬼気を感じ取ったのか、沢松はわたわたと手を振った。
 梅星は沈黙を守り続けたまま、消しゴムをおもむろに取り上げた。今の言葉と無様な反応も消せたら良いのにとちらりと思うが、神ならぬ消しゴムは勿論そんな願いなど聞いてはくれない。
 彼女は溜息をつき、どよんと落としていた視線をじわじわと押し上げた。そのいかんとも言い難い迫力のある視線に刺し貫かれ、沢松がいよいよ追い詰められたうっという呻きを漏らす。
 そんな彼に向け、彼女はじわりと絞り出すように言った。
「何を言いたいんですの?(訝)」
 照れより先に突き出された疑問符に、沢松はあからさまな失望の浮かんだ笑みを浮かべながら応える。
「え。いや、なんつーかアレっすよほら」
 シャープペンの先がすっと突き出され、梅星を指し示した。
 普段なら無礼ですわと一喝しているところだが、今はそんな状況では無い気がする。
 大人しく次の言葉を待てば、沢松は笑みから不意に失望を追い出した。
 ときたま見る、ひどくふてぶてしい――図太いとも言える、そんな表情になる。
「梅さんさ、何も校則破ってまで飾り立てる必要無いんじゃないっすか?」
 飾り立てる、で示したのはきっと彼女のやや濃い目の化粧。
「勿体ないっすよ。センコー共にゃ睨まれるし」
「……そ、それが言いたかったんですの?(疲)」
 疲れつつも安堵すると、沢松は笑みを濃くして付け加える。
「さらに綺麗な顔は隠れるし」
 音もなく吹き出す彼女をさておいて、沢松はシャープペンをくるっと回してまた紙にペン先を落とした。
 空いた手で肘を突き、言う。
「なんか冗談っぽく取ってないっすか梅さん?」
「むしろ夢だと思っておりますわ(断言)」
 無意味にきっぱり言い切れば、沢松は微かに口元を歪めた。
「へえ。そりゃいい夢っすか、それとも悪夢?」
 額を押さえる。
「目覚めてから水を一杯飲みたくなる類の夢ですわ……あとを引きますもの」
 唸り、線は消すのを諦めてまたペンを走らせる梅星。
 しばらく沈黙が落ち、気まずそうに沢松が言った。
「……あの。そんだけっすか?」
「何か?」
「いやその。もっと大げさに照れるとかなんかその辺り」
 呻く沢松へ、ひきつりを残しつつも晴れやかに笑いかける。
「あら。わたくしがそんなたちに見えまして?」
「う。見えないっすけど」
 言葉に詰まった様子で言う沢松に向ける笑いは、崩さない。
「そうでしょう?」
 また文を組み立てられるか、そう自分の頭脳に問えば、頭脳は軽やかな返答をする。オーケイ、いつでも来なさい。もとよりこの程度で崩れるほど、彼女の記者としての技能はやわではないのだ。
 シャープペンをまた滑らせながら目を伏せて、梅星は言った。
「お解りになりましたら――」
 沢松の空気が少し強張った。怒られてる気がしたのだろう。否定はしないが。
「わたくしを、束ねようとはもう思わないでくださいませ」
「た、たばね?」
「ええ」
 余計な文に線を引く。手元がまだ震えていたのか、他の文字に数回はみ出した。舌打ちはしなかったが、胸中ひそかに指先へ喝を入れる。
「なるたけ、束ねてほしくないのですわ、わたくし」
 そのまま、声に力を込める。不自然だったかもしれないが、なにか熱い思いが胸に去来した。
「このわたくしを束ねられるのは、正義と報道魂のみですもの!(断言)」
 文字が、不自然に濃くなる。
 そこまで言って、梅星はちらと沢松を見上げた。
 さあ、この軽薄な後輩はどんな反応を返すことやら。
 呆れる? 嘲る?
 胸中で問いかけながら彼を見守ると、どちらかと言えば答えは前者だった。
 両眉尻をひきさげ、目一杯きょとんとした顔を作っている。
「硬派っすね……」
「今更気づきましたの?」
 不敵に笑う。もう手は震えていない。ペースを完全に取り戻した、そう確信できた。
 ざまを見なさい、沢松。わたくしを動じさせようというなら、簡単にはゆきませんわよ――。
 声には出さず勝ち誇り、また記事に傾倒しかけたとき。
「束ねられるのは……っすか。そんなら」
 沢松が口の端をまた吊り上げ、にっと笑うのが確かに見えた。
 少なからずぎょっとする彼女へ、続く言葉。


「オレの愛ってのは、それに勝てないんっすか?」


 2度目の線がまた引かれ、サングラスがごっちんと致命的な音をまた立てた。
 涙目になって顔を上げる梅星を尻目に沢松は立ち上がり、時間っすね、残りは家でやりますんでと言って部室を駈け去った。

「甘く見ないでくださいませ――」
 部室に独り残された、彼女は。
「……あなたの手に追えるような安い女でなくってよ、わたくしは……!」
 そんなことを、食いしばる歯の隙間から呟いた。
 しかし。
 意地でも呟かないが、確かに一瞬だけ思ったことは――否定、できなかった。

 それはそれで、悪くはないですわね。



★作者の網坂さんからのコメント★

甘いんだか甘くないんだか判りませんね。お目汚し失礼致しました……こんなあたしでもビバ沢梅です!

★沢梅メイツ管理人扇犬丸からのコメンチョ★

いやあもう!!!!なななな何てコメントして良いのやら!!!ラヴい…!ラヴいですよお二人共っ!
梅さんイイオンナすぎます最高です…。もう私のヘボ同盟には勿体無くて置いてあるのが不思議な程ステキです!!
網坂さんのサイトはコチラ!是非他の小説も読みましょう!特にオンナノコ好きな方はっ!
ああ…また話戻りますが、かなり沢松もイイカンジじゃないですか?!うっひゃーvv有難う御座いました!網坂さん!
網坂さんの小説の感想を、是非御本人のサイトのビビエスでぶちまけるもよし、
ココロの中置いといて,学校の授業中とかに思い出してニヤけるもヨシ、何でもOKです!
本当に素晴らしいお方です。網坂さんは!!
有難う御座いました!!!!



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